No.462 株価下落で工業都市に立ち込める暗雲

今回は米国の株価下落がもたらす影響について述べた記事を2つお送りします。1つは、401kなどを通じて株式に投資していた一般国民が莫大な損失を被っていることを描いたもので、もう1つは企業家、ベンチャー・キャピタル、投資銀行、大手機関投資家などのいわゆる「インサイダー」は、小口投資家とは異なり、株価が下落してもまったく影響を受けないことを説明する記事です。日本でも、日本版401kとして確定拠出型年金の導入が迫っている中で、それが一般の勤労者にどのような結果をもたらすのかを考える上でも、是非、お読みいただきたいと思います。皆様からのご意見をお待ちしております。

株価下落で工業都市に立ち込める暗雲

『ニューヨーク・タイムズ』紙 2001年3月16日
ピーター・T・キルボーン

 炸裂した株式市場の破片が、ウォール街の南200マイルに位置する工業都市に散乱している。他の都市同様、ここペンシルベニア州ヨークでも、トラックの運転手や事務員、看護婦、工場労働者などが期せずして、かつてはスーツ姿のビジネスマンに限定されていたゲームの参加者になっていた。

 1980年代後半に始まった401k退職金積立制度には、税制上の優遇措置に促され、ハーレーダビッドソンのオートバイ工場やエアコン工場で働く労働者達が加入し、その積立金が年々膨らむのを目にしてきた。しかし、1年前に市場が最高値を記録したのをピークに、彼らのフロリダに別荘を買う夢はしぼみ始め、今年3月中旬には消滅した。

 ノース・デューク通りR&Dルセオネッテの繁華街でフライドチキンを食べながら、48歳のバーバラ・ルビーは、株価下落によって自分の401k積立金の価値が下がり、早期退職の希望が打ち砕かれたと語る。「年末までには仕事を辞めて、園芸関係で何かおもしろいことを見つけ、起業しようと思っていた」しかし、ヨーク水道会社で顧客サービスを担当する彼女の計画は、市場の崩壊で宙に浮いてしまった。「計画を考え直さねばならないということだろうか」と自問する。

 もう1人の401kプランの顧客は、通信会社の買掛金担当、41歳のバーバラ・ジンである。彼女と製紙会社に勤める夫が401kプランに投資し始めたのはつい昨年のことだった。バーバラは月50ドル、夫が週130ドルを積み立てている。「401kなど始めたくなかったが、売込みに負けてしまった。始めてからずっと私の通帳はマイナスだ」とバーバラはいう。

 1990年代、ヨーク市は労働組合に加入する高給取りで勤勉な労働者、老舗の建築会社、隆盛を極める銀行や金融サービス会社によって繁栄した。人口4万1,000人の同市では、401kプランや個人退職積立勘定などの税優遇投資プランの普及によって、株式市場への参加者層が驚くほど広がった。

 401kプランは特に雇用主に人気が高かった。なぜなら、従来の退職金制度では株の値動きにかかわらず、予測可能な定額給付金を雇用主が退職者に保証しなければならなかったが、401kでは保証の必要がないためである。401kプランでは従業員の積立は給与天引きで、雇用主負担額は変動するが、退職金積立リスクと負担のほとんどは従業員自身が背負うことになる。

 「1987年の株価暴落の時、工場労働者はそれを気に留めもしなかった。しかし今日ではもちろん承知しており、多くの人が愕然としている。おそらく彼らは出費を抑えるだろう」と、ヨーク市の目抜き通りイーストマーケット通りにあるジャニー・モンゴメリー・スコット証券のマネジャー、ジャック・H・グリムは語る。

 市場の大敗で、ヨーク市の投資家たちは、社会保障税の一部を株式市場に投資するブッシュ大統領の提案には慎重になっている。

 バーバラ・ルビーは、目減りする401kに落胆し、自分が政府機関よりも賢明な投資判断ができるとは思えないという。「自分がグリーンスパンより賢いとは思わない」

 共和党支持のカート・ダゲンハート、46歳は、独自の投資によって401kの積立金をかなりの額まで増やした。実際、その投資があまりにうまくいったので食器棚メーカーのセールスの仕事を辞め、年老いた両親の近くに住むためにテキサスからこのヨークに引っ越すことができた。

 しかし、最終的には両親同様、彼も社会保障手当で暮らしたいと考えている。「社会保障制度はこれからも、個人ではなく政府が責任を持つべきだと思う」とダゲンハートはいう。

 グリムの予測によれば、社会保障税の一部を個人退職勘定に移して、労働者に運用を委ねる法案を議会が立法化すれば、ダウ工業株30種平均は1日で1,000ドル上がり、また社会保障信託基金も長期的には増えるだろうと予測した。しかしもはや、労働者に上がり続けるダウを保証することは難しいと付け加えた。

 日本の株式市場のように10年以上低迷するようなことは米国では起こり得ないだろうが、もし起こったならば極めて危険だとグリムは述べた。

 グリムの顧客1,000人の年収は、ほとんどが10万ドル未満であり、その中には彼女の義理の妹、ホリー・シアラーもいる。シアラーは、ヨーク市の北、メカニクスバーグに住む登録看護婦である。ホリーと、夫で米大手小売シアーズ管理職のサムは、昨年盛んに物を買い込み、クレジットカードの負債額を積み上げた。しかし、2ヵ月前、借金を返済するために、401kの積立金を約80%減らした。「安全でありたいし、借金を減らしたかった」という。

 しかし、退職間近の人々にはそんなことをいっている余裕はない。ヨークのエアコン工場で全米自動車労組支部組合長を務める60歳のマーロー・パルミエリは、昨年の春まで、401kの株式積立金は約4万5,000ドルだったという。差し迫った退職後の蓄えを危険に晒したくなかったパルミエリは、1万1,000ドルだけ株式として残して後はすべてキャッシュファンドに変えた。その決断ゆえ、株式分の1万1,000ドルが8,000ドルに目減りしただけで済んだ。「これまでずっと月50ドル、後からは月100ドルずつ積み立ててきた。私は単に幸運だったに過ぎない」という。

 酒場「ローズヘブン」は定年までまだ間がある常連客で賑わう。向かいのヨーク・インターナショナル・エアコン工場からタバコの煙が充満する家庭的雰囲気のこの酒場に来る人々は、ほとんど誰もが何らかの形で株式に投資している。その多くは401kプランだが、証券会社に個人口座を持つ者もいる。

 ここでは、酒場の支配人ケリー・スナイダーを含め、誰もが成功と失敗両方の体験を持つ。約4年前、スナイダーは株で思いがけず約2,000ドルの利益を手にした。株の予想屋が株に馴染みのなかった彼女に、CDラジオがシリウス・サテライト・ラジオに社名変更する直前にその情報を提供し、500株を1,875ドル(1株3.75ドル)で購入したのだ。同社の株価は2000年3月3日までに1株69ドルまで上昇し、500株の時価総額は3万4,500ドルに跳ね上がった。しかし、現在は1株19.75ドルで取り引きされている。スナイダーは損はしていないものの、投資熱は冷えたと思っている。「値下がりにはがっかりしているが、楽しかった。今でも1株100ドルを超えると思っている」という。

 酒場のテレビが毎時ウォール街の市況を伝える中、値動きをあまり恐れていないジム・ベルは株に懐疑的である。75歳のベルはいまでも時給10ドルで車の運転手として働いており、加えて月1,000ドル以上の社会保障手当も受け取っている。キャンプ用トレーラーと特別注文のワゴン車を所有し、また副業として鑑賞用のウサギを育てている。「市場は大暴落する。まだまだ下がるだろう」と酒場のカウンターを叩いた。

 投資家は70歳で401kから積立金を引き出し始めなければいけない。「私は家の改築のためにかなりを使った」とベルはいう。そして証券会社の助言によりさらに積立金を下し、比較的安定した公益企業株に投資した。

 大暴落があろうとなかろうと、ローズヘブン酒場の客の大半は、最後まで株を手放さないつもりのようだ。「まだ時間がある」という言葉で自らを落ち着かせている。

 47歳のジム・デリンジャーと妻は、近くのジャイアント・フーズに勤め、そこで401kプランに加入している。パン売り場担当のデリンジャーは、ほとんどの資金をフィデルティとヤーヌスのファンドに注ぎ込んだが、今年になってそれぞれ12%、16%と価値を下げた。株価が下落し、デリンジャーは、「毎日自分の投資について考えている。そこにすべての財産を注ぎ込んでいるから」という。しかし、定年は15~20年後なので、長期戦の構えだという。

 しかし、こうした投資家にとって長期戦とは、下落するファンドや株を保持し続けることを意味するのではない。ほとんどの401kプランは従業員に様々なミューチュアル・ファンドにリスクを分散させることを認めており、株価の下落に応じて、投資先のファンドを変更している投資家もいる。

 35歳の郵便集配員のスティーブン・ジンは、自分が投資している株式ファンドが7万1,000ドルから4万8,000ドルに下落するのを見て、3週間前に株式市場からすべての投資を引き上げ、年6.5%の利回りを保証する財務省証券に投資した。「市場はまだ底値に達していないと見る」とジンは述べる。

 リスクをどれだけ受け入れられるかには受取人の年齢も関係している。ジンは保守的だが、3歳の娘のためのファンド5,000ドルの運用ではより高いリスクを求めている。現在は債券に投資しているが、近いうちに、2,500ドル分を解約し、科学技術分野に投資する予定だという。

 イースト・マーケット通りでは、34歳のファーマーズ火災保険会社の管理者クレイグ・L・ルドウィックが、18ヵ月の息子のために急成長するエクイティ・ファンドに投資した。「過去6ヵ月間に30%も値を下げた。しかし、最後まであきらめないのが私の哲学だ」

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株式市場のインサイダーには株価下落など関係ない

『ワシントン・ポスト』紙 2001年3月15日
マイケル・パーキンス、セリア・ヌネズ

 昨年3月、ハイテク銘柄の多いナスダック総合指数が驚異的な5,048を記録すると、ベンチャー・キャピタリストのジョン・ドアーは、世界史上、最大の合法的富の創造を目にしていると広言した。

 2001年3月第3週、ナスダックは2,000を下回り、これにより多大な損失を被った人々がいる。それは主に小口投資家である。その理由は、企業家、ベンチャー・キャピタル、投資銀行、大手機関投資家などのインサイダーたちは、一般投資家を見捨て、暴落するかなり前に資金を引き上げていたからである。

 ハイテク金融バブルは、過去最大の合法的富の創造というよりは、過去最大の小口投資家からインサイダーへの富の移動だといえる。例えば、1998年11月から2000年7月までに、ゴールドマンサックス、モルガンスタンレー・ディーンウィッター、クレジットスイス・ファーストボストンの各社は、インターネット企業の証券引受手数料として5億ドル以上を手にしている。そして過去2年間で、各金融機関の技術関連の証券引受手数料は10億ドル近くになっている。トムソン・ファイナンシャル・セキュリティーズ・データ社によれば、投資銀行が単独分野で上げた収益としては過去最大だという。

 しかし、株価下落の打撃を受けたと主張するインサイダーもいる。正確にいえば、すべてのインサイダーが早期に株を手放したわけではなく、株を所有し続け、打撃を受けたところもあった。しかし問題は、すべての損失が同じ規模ではなかったことにある。インサイダーは株の代金を払っているとしても、わずか1株数セントである。したがって、インサイダーが所有する株の価値が最近のように5,000万ドルから500万ドルに下がったとしても、最初の購入時点で支払った金額はおそらく10万ドルにすぎなかったはずだ。したがって実質的には損をしていないことになる。しかし、個人投資家の持株の価値が大幅に下落した場合は、そうはいかない。

 小口投資家には最初から可能性がまったくなかったということだ。なぜならば、大口投資家のように、重要な情報や初期取引のチャンスがないからである。これは1つには、証券取引委員会によって「情報開示制限期間」が定められているためだ。委員会は新興企業に対し、新規株式公開前の最低3ヵ月間は資金調達予定についていかなる情報も開示してはならないと決めている。この法律は企業に株価を吊り上げさせないようにすることを狙ったものだが、実際には、小口投資家だけに情報が渡らない状況を作り出している。

 フィデリティやバンガードなどの大手機関投資家に情報が渡らないことはあり得ない。なぜならば、新規公開直前の企業の経営者が、機関投資家やアナリストなどの株式の専門家向けに新規株式公開の計画や会社の最新の経営内容を公開し、潜在投資家に発行予定株式の購買を求めて「ロードショー」と呼ばれる巡業を行うからである。大手機関投資家は、その株の危険性が高いと判断すれば、購入しないか、あるいはとりあえず購入し、株式公開当日、その企業に関する悪い情報が流れる前に転売するであろう。このような公開初日に一度ないし数度にわたってその銘柄を買い、その日のうちに売って手っ取り早く利益を得る方法はフリッピングと呼ばれ、インターネット株が公開初日に何倍にも跳ね上がる時代にはよく行われている。

 人気市場でこうしたフリッピングを行うのは機関投資家だけではない。ナスダックが高騰している頃、投資銀行は人気の高い新規公開株を、企業の経営者やベンチャー・キャピタリスト、銀行が取引を求める企業の取締役などに無料で譲渡した。そしてそれを譲り受けた企業の意思決定者は、公開初日に値が吊り上がったところで売却し、利益を獲得する。文字通り、泡銭を手にしたのである。

 投資銀行はひいきの顧客に無料で株を提供する一方で、一般投資家には不適切なアドバイスを与える。ハイテク株に関する最近の研究で、コーネル大学のロニ・ミカエリーと、ダートマス大学のケント・ウォマックは、投資銀行が顧客企業の株に「売り」の格付けを下すことはほとんどないと述べている。「株式の引受業務を担当する企業に対してブローカーには偏見があるが、一般の人々にはそれがわからない」とミカエリーは述べる。事実、インターネット株のバブルの時には、自行の資金運用担当者が投資している銘柄であれば、値下がりが見込まれても「買い」提案を行う銀行が跡を絶たなかった。

 しかし、こうしたごまかしの行為はあっても、分別ある小口投資家がルール144という証券取引委員会の規制にわずかな慰めを見出すことはできる。この規制は、企業の所有者に公開後180日間は株の転売を禁ずるものである。株式公開から3ヵ月後に株価が下がったとしよう。この法律によって、その企業の所有者とベンチャー・キャピタル出資者も損失を出したと思えば、小口投資家には慰めになり得る。

 では、ほんとうに企業家やベンチャー・キャピタルは損失を出したのだろうか。技術株のバブルが続いた株価高騰の時期、企業家、ベンチャー・キャピタル、投資銀行、大手機関投資家などのインサイダーの中にリスクを冒さねばならなかった者はいない。投資銀行が、新しい金融サービスを考案したからである。転売が禁じられた180日間が終るやいなや、ベンチャー・キャピタルや技術関連企業の経営者の所有する転売禁止株を、投資銀行が公開直後の高値で買い取ることを約束したのである。得意客に対するこの特別サービスは、投資銀行にとってまったく負担にはならなかった。なぜなら複雑な金融商品を組み合わせ、株を買い取る前に空売りするからである。すなわち、株価が下がれば銀行はその分利益を出すことができる。そしてほぼ必ず、値は下がったのである。

 この技術株のバブルは、すでに過去の金融投機と比較されている。17世紀のオランダのチューリップ投機、1800年代後期の米国の鉄道株である。しかし、現代の投機熱が特異なのは、ポンジー・ゲーム(利殖性の高い架空の投資対象を考え出し、それに先に投資した人が後から投資する人の投資金によって利を得る方式の詐欺、一種のねずみ講)の質の高さである。かつてこれほど短期間にこれだけ多くの富が、1つのグループから別のグループに移行したことはなかった。証券取引委員会が公正さを保つべく介入すれば、これを食い止められるかもしれない。