No.464 ドイツ人は新しい株式文化に嫌気がさしている

前回の『読売新聞』の記事など日本のメディアを見ると、ヨーロッパ諸国でも米国と同様に一般国民が株投資家として自ら資金運用しており、あたかも日本だけが特有であるかのような印象を読者に与えます。しかし、以下に紹介するイギリスの新聞『タイムズ』紙の記事をお読みいただければわかるように、ドイツでは国民が株投資で巨額の損失を出し、投資した企業の経営者に対する訴訟さえ起こしています。日本国民を株式投資に駆り立てようとする日本政府やメディアの主張に惑わされず、その実態をご自身で見極めていただきたいと思います。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

ドイツ人は新しい株式文化に嫌気がさしている

『タイムズ』紙 2001年3月4日
マイケル・ウッドヘッド

 ドイツテレコムの株式公開時、社長のロン・ゾンマーはライザ・ミネリの歌う「Money Makes the World Go Round(世界はカネで回る)」に乾杯し、同社の株でもっとよく回るようになるだろうと冗談まじりに語った。そのとき、約200万人のドイツ人株主は彼の言葉を信じて疑わなかった。

 4年後の2001年2月末、同社の小口株主たちはゾンマーを訴えたいとさえ考えていた。ドイツ人は株式市場に嫌気がさし、ドイツテレコムとダイムラークライスラーというドイツの二大企業の鬼才経営者への信頼をなくした。両社とも戦略の成果を上げられなかったことから深刻な経営危機にあり、それに対してドイツ中が苛立っている。両社の悲惨な経営状態によって、何百万人ものドイツ人が考えられないほどの損失を被った。

 生まれて初めて株を所有したウィルヘルム・カルマンドは、「人々は高額の年金を確実に準備しようとその株を買ったが、期待は裏切られた」という。カルマンドはドイツテレコムの株で1,150万円以上を失った。テレコム株は2001年2月には75%も値を下げ、社長のゾンマーと他の取締役は国民を欺き、株式市場の規則に違反したかどで訴えられている。一方ダイムラークライスラーの株価は、CEOのユアゲン・シュレンプが米国クライスラーの損失削減と戦ううちに半減した。

 「ドイツ株式会社」の競争力を世界に証明するはずだった経営者たちの無残なつまずきに、ドイツ人は激怒している。活気はなくても安定した公益事業体だったテレコム社は、現在、世界の巨大通信企業の中で、魂が抜けたかのようである。またダイムラークライスラーはドイツ人にとっては依然メルセデスであり、「ドイツ製」の象徴でもある。しかし、その名も米国製のポンコツ自動車によって汚されてしまった。

 ゾンマーおよびシュレンプの両経営者には退陣要求が出ている。ダイムラークライスラー側は、株価の下落だけで辞任させることはできないと発表している。しかし、ドイツにおける株所有ブームは去り、代わって、家族の蓄えが消え失せた1920年代の大恐慌の悪夢がよみがえっている。

 カルマンドは次のように述べる。「我々は皆、株式市場の狂乱に巻き込まれた。私は初めての株式投資で1,300株購入した。株の方が儲かるのに銀行に預金し続けることはないと思ったからだ。しかし、過去の経緯を覚えていた人々はこの宣伝にだまされなかった。彼らは銀行に預金し続けた。州が銀行預金を保証してくれているのに、わざわざ他に移す必要性を見出せなかったからだ」

 カルマンドを含むドイツテレコムの株主は、2月末、同社を相手取って訴訟を起こした。いくつかの州の検察は、なぜその資産額が110億ポンド(約1兆9,200億円)から突然7億5,000万ポンド(約1,310億円)に減ったのか、明らかにするようテレコムに要求している。

 シュレンプとゾンマーは、ドイツ家庭への株主文化の導入を率先して擁護してきた人物である。ドイツ人はこれまで株主文化に懐疑的であったし、それは今も変わっていない。株への熱も冷めたドイツでは、2人の経営者は落ちぶれた英雄でしかない。

 ゾンマーに対して最も痛烈な批判が寄せられているのは、ドイツの国有通信企業であったテレコム株を1996年に公開した際に、めかしこんだこの元ソニー・ヨーロッパの経営者は同社の株を「ドイツ市民の株」として売り込んだからである。それはドイツ市場最大の株式公開で、株主文化の幕開けでもあった。当時、ドイツ語には「株主文化」を適切に表現する言葉がなく英語がそのまま使われたほど、株主文化はドイツ人には馴染みのないものであった。

 ドイツテレコム株のウォール街公開の祝賀パーティがニューヨークのグッゲンハイム博物館で開かれたとき、ゾンマーは、その公募価格は平均的なドイツ人夫婦がする1回の優雅な外食ほど高くはないといった。しかしそれが4年後に、20数ドルにまで下落することは予想していなかっただろう。

 「ゾンマーよ、我々の金をどうしたのか?」という見出しがドイツの大衆紙『ビルド』に躍ったが、これはドイツテレコムの小口株主300万人の感情を表したものである。ゾンマーは、「株価の下落はドイツテレコム固有の問題ではなく、世界市場全体がいかに深刻な状態にあるかを示している」とテレビで語った。テレコムイタリアとの合併失敗、テレコムイタリア合併話に起因するフランステレコムとの提携破棄、さらにはグローバルワン保有株の売却に関する茶番劇を思い出してみれば、すべてを市場のせいにする彼の発言を認める人はほとんどいないはずだ。加えて、ドイツテレコムのサービスには苦情が非常に多いため、営業所の電話番号は電話帳に載っておらず、また電話がつながっても住所は教えてもらえない。

 ドイツテレコムが民営化したのと同じ時期、シュレンプは、ダイムラークライスラーをどん底の状況から次のどん底に導いたに過ぎなかった。シュレンプが同社のCEOに就任したとき、ダイムラー社は約19億ポンド(約3,300億円)という過去最悪の損失を出した。2年後の1998年、同社の株価は、3倍の100ユーロ(63.5ポンド=11,000円)に上昇したものの、クライスラーとの合併以降下降し始め、最終的に半分まで下がってしまった。現在、ダイムラークライスラーは巨額の赤字を抱えているが、シュレンプは辞任しようとはしない。彼は、ドイツの代表的ニュース週刊誌『シュピーゲル』に対し、「私のような人物に辞任があり得ると思うかね。決して辞任しない」と語っている。

 シュレンプにとって最大の危機は、ドイツ銀行頭取ロルフ・ブロイアーの信頼を失うことである。ドイツ銀行は、ダイムラークライスラーの筆頭株主であり、同社の株式の12%を保有する。敵対的買収が近い将来に起こる可能性はないとシュレンプがいわざるを得なかったことに、両社がいかに微妙な関係にあるかがはっきりと現れている。

 「スピードがすべて」をモットーとし、意思決定は迅速に行わなければ失敗すると考える男に対して、ドイツ人株主たちも愛想を尽かしている。