No.476 日本の改革は米国経済の崩壊につながる

今回は『デイリー・ヨミウリ』紙から、大前研一氏の寄稿をお送りします。これは、このOur Worldシリーズでも何度も主張してきたように、米国の繁栄は日本からの資本流入に支えられてきたことを示すものであり、日本が金融問題を本当に解決しようとすれば、その資金調達のために日本の金融機関が米国から資本を引き上げ、米国経済が痛手を被ることになるという主張です。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

『デイリー・ヨミウリ』紙 2001年5月3日
大前研一

 小泉首相は、いかなる痛みを伴おうとも日本を再び前進させ、不良債権を清算するために改革を断行すると約束した。それこそ、米国のブッシュ大統領が望んでいるといったことでもある。しかし、もし小泉が改革に成功すれば、その過程で米国経済を崩壊させることになるかもしれない。

 森前首相が3月に訪米した際、ブッシュ大統領は金融問題を速やかかつ徹底的に解決するよう促した。具体的には、問題に真正面から取り組み、支払い能力のない企業をつぶし、制度的負債問題を解決するよう求められた。

 日本の問題は、本当にこのように簡単に解決できるのだろうか。昔のケインズ主義経済の隔離、保護された環境下でなら、ブッシュの提案は他の国にはほとんど影響を及ぼすことのない、効果的な戦略かもしれない。しかし、国境のない相互接続された経済では反応が異なる。

 森首相は東京に戻ると、困難に陥った大手金融機関に提供される支援体制を廃止する政策をとり始めた。小泉政権が現在引き継いでいるのはこの政策である。具体的にこれが適用されたのは東京生命保険だった。東京生命はこれまで何年間にもわたり破綻回避のための支援を大和銀行から受けてきた。5年以上、元金の返済さえままならなかったにもかかわらず、担保を上回る劣後ローンの供与を繰り返し受けてきた。この不良債権に大なたがふるわれれば、東京生命は倒産するしかない。そして不良債権を補填する引当金がない大和銀行も巨額の損失を被ることになる。

 政府の統計によれば、東京生命と同類の不良債権が最低でも1兆ドル(約120兆円)は存在するという。この金融問題の清算が日本に破壊的な影響をもたらすのはもちろんだが、より大きな被害を受けるのはむしろ米国である。日本の金融制度全体における損失を補うために、日本は高金利に引き付けられて米国に投資していた巨額の資金を引き上げざるを得なくなるだろう。そしてこの日本からの投資こそが、米国の好景気を支える上で重要な役割を果たしていたのである。

 ブッシュ大統領は、自分が提唱した問題解決策のもたらす影響を目にするやいなや、政策転換を図るであろうことは間違いない。

【 問題の本質 】

 日本の金融危機の原因は、主に債権の分類が正しくなかったこと、その結果として、破綻先および破綻懸念先に対する引当金がおそろしく少なかったことに起因する。日本の金融機関は、法律によって債権を次のように分類することを義務付けられている。

第4分類 : 実質破綻先。銀行は100%の引当金を用意しなければならない。ただし、必ずしも清算する必要はない。
第3分類 : 破綻懸念先。銀行はこれに対して75%の引当金を用意しなければならない。
第2分類 : 要注意先。3ヵ月以上、金利の支払いが滞っている。50%の引当金を用意しなければならない。
第1分類 : 正常融資先。債務不履行の可能性が低い。引当金を準備する必要はない。

 上記の分類を提示するに当たり、政府はそれぞれの分類を明確に定義せず、「要注意先」、「破綻懸念先」、「実質破綻先」などといったあいまいな表現を使った。そのため、各銀行は各自が法律をどのように解釈するかで、好きなように債権を分類し、引当金を積み上げた。不良債権が、実際よりも大幅に過少査定されていたことはいうまでもない。

 約10年前、東京の地価が最高値の1989年時点から5分の1に下落したことを主因に、約2兆ドル(約240兆円)の不良債権が発生した。不動産バブル期の市場の楽観視、金融機関の杜撰な融資活動は滑稽ともいえるほどだった。

 過去10年間に、日本は2兆ドルのうちなんとか1兆ドルを処理したが、当然、残る1兆ドルの清算が最も困難である。国際会計基準の適用により、今年、日本企業には歴史上初めて、資産と損失の時価評価が義務付けられる。これによって、今まで隠されてきた秘密がついに公開されるであろう。

【 正直な査定 】

 米国の政府、業界、消費者は、日本が不安定であるがゆえに利益を享受してきた。日本の金融機関および経済制度に対する信頼を失った日本の機関投資家が、投資先を海外、主にドル建ての金融商品に切り替えたからである。

 日本から米国への資本逃避は、クリントン政権が日本に要求した金利引下げや公共投資の増加、内需拡大などによってさらに加速した。日本政府は、自国の金融問題を解決するために国内に資本を引き付ける政策をとるのではなく、米国の要求に従った。内需を刺激するために貨幣発行額を増やし、米国から日本への資本逃避を防ぐために日本の金利をほぼゼロに維持した。2国間の金利差を拡大し、市場のさらなる安定化を図るというグリーンスパンの魔法により米国への資本の流入はますます促進され、その結果、ドルは強くなり、米国の株価は押し上げられた。日本と米国がいかに密接に結びついているかを、クリントン、グリーンスパンはよく理解していたのである。

 興味深いことに、日米経済の相互依存に関するクリントン政権の見識は、ブッシュ政権には引き継がれなかったようである。クリントン政権の政策立案者たちは、日本の金融機関が苦境から立ち直れば、米国のニューエコノミーにどのような潜在的危機がもたらされるかを熟知していた。

 小泉が約束通り日本を立て直すことになれば、ブッシュは厳しい現実に直面することになるだろう。

 米国はつい最近まで極めて高い流動性を享受してきたが、もはやそうではない。過去1年間にナスダックは65%下落し、これは約4兆ドルの損失になる。米国人の約80%が株式市場に直接的に、あるいはミューチュアルファンドや年金基金を通じて間接的に投資している。しかし、過去何年間か資産価値がかなり膨張したことで、経済的かつ精神的に支出が煽られたために、消費者債務はかなり高くなっている。これほどの大幅な資産価値の目減りは、平均的米国人にとって大きな痛手であり、10年間で1.6兆ドルの減税というブッシュの選挙公約もかすんで見える。減税案やグリーンスパンFRB議長の金利操作に、米国の消費者がなびかないのも当然である。

 こうした背景において、日本は残る1兆ドルの不良債権を処理しなければならない。日本の全GDPはわずか約5兆ドル(512兆円)、税収は約5,000億ドル(49兆円)に過ぎないことを考えれば、1兆ドルの不良債権を処理するために、日本の金融機関が米国から資金を引き上げざるを得ないことは明らかである。

 これまで10年以上にわたり、米国の財政赤字を補填し続けてきた日本の資金が、本国へ向けて流出することは避けられないだろう。その結果どうなるか。米国経済は流動性逼迫を経験し、日米両経済はさらに減退することになろう。

 私の予測では、ウォール街の投資家は何のためらいもなく米国から、例えばユーロ建て証券へと投資先を変えるだろう。これがさらにドルを下落させ、米国からの資本の逃避が加速することになる。

 過去10年間の「米国の魔法」は、自慢の企業家文化に基づいてはいたものの、米国の安定性と金利が他の諸国、特に日本よりも高かったことで実際を上回る効果をもたらした。避けがたい日本への資本流出によって、日米経済は均衡点に調整され、市場は大きく反落するであろう。

 この市場の反落によって、米国は米国資産の急騰がどれだけ海外資本に支えられてきたかを認識させられ、実際の資産価値が明らかにされるであろう。

 ダウ工業株30種平均は最高値の3分の2に下落すると私は確信する。すなわちダウが1万2,000ドルだった時、海外資本がなければ8,000ドルだったということだ。

【 最も苦しむのは誰か 】

 米国から日本へ逃避する資本は5,500億ドル近くになるだろう。そのうち3,200億ドルは財務省証券(米国債)である。日本は米国債の約10%を保有しており、それは世界最大である。

 自己資本に比べて借金の多い米国の消費者市場よりも、日本の消費者の方が景気減退に強いだろう。というのも、日本の消費者は、株式に依存する米国人消費者ほど、根拠のない幸福感にひたっていなかったからである。

 また日本人は不景気に備えているが、米国人にその習慣はない。日本人消費者の方が比較的柔軟性がある。流動性の高い家計貯蓄が多く、借金が少ない。日本人家庭で株式に投資しているのはわずか8%である。したがって日経株式市場が反落しても、一般消費者が受ける影響は最小限である。

 企業倒産が相次げば、失業率は上昇するかもしれないが、4.9%から二桁に跳ね上がったとしても恐慌は起きないであろう。日本家庭には互助の精神があり、少なくとも三世代間は互いに面倒を見合う伝統がある。

 しかし、日本の金融機関は何倍もの苦難を味わうであろう。まずドル建て債券は1980年代初期に買われているため、その後の1ドル=235円から125円へのドル安により、巨額の為替差損を計上しなければならない。いったん資本の逃避が起これば、ドルの価値はさらに下がるため、為替差損はさらに大きくなるだろう。しかし、日本の金融機関にとっては為替差損よりも流動性を取り戻すことの方が重大であるため、資本の流出は止まらないだろう。

 日経で取引されている株の45%は日本の金融機関や系列グループ企業が所有している。日経平均が過去10年の最高値38,000円から、例えば9,000円といった現実的な株価に調整されていくに従って、こうした金融機関および系列グループ企業の貸借対照表は悪影響を受け続けるであろう。

 上記のようなことがすべて今後2~3ヵ月のうちに起こると思われる。そしてクリントン同様、ブッシュは即座に自分の要求を変更し、日本の指導者たちに改革を中止するよう命じるであろう。ただし両政権の間で大きく違うのは、グリーンスパン議長が米議会において米国の不安定の原因を日本の景気後退のせいにすることであろう。そして、終止符が打たれた米国の景気拡大を支えたのが日本であったことについては、決して触れることはないであろう。