今回は、日本のタバコ問題の現状について、ある大学生から寄せられた質問を取り上げます。
読者:現在の日本の煙草について、色々なご意見をお持ちなので、いくつか質問をさせて下さい。まず、若い女性の煙草喫煙について、どうしてこんなに若い女性は煙草に手をつけ易いと思いますか。その理由に「ファッション化」しているからという意見がありますが、本当だと思いますか。私は、それは例えば女子高生が、浜崎あゆみさんの服装を真似するように、若い年齢層には「タバコ=カッコイイ」という概念が埋め込まれているように思えます。それは、雑誌からであったり、TVドラマからであったりするでしょう。また、この若い年齢層の喫煙率の増加を食い止めるには、具体的にはどうすればいいと思いますか。タバコが体に悪いことを政府は呼びかけてないと、おっしゃいますが、若い人達は学校でそういうことは学んでいると思うのです。知っていながらも、どうしてタバコに手を付けるのでしょうか。
回答:米国のタバコ会社は次の2つの理由から米国内で顧客を失っている。
(1)顧客である喫煙者がタバコが原因で死亡している。
(2)米国市民の圧力によって、米国政府がタバコの生産、広告、販売促進、さらには喫煙そのものを規制するようになった。
このような理由から、米タバコ会社が新たな市場を求め始め、その標的となったのが海外市場である。米国内での喫煙率を減らす一方で、海外においては米タバコ会社がその有害な製品を販売するのを米国政府は積極的に後押ししてきた。日本のような国では、喫煙者のほとんどが成人男性であったため、米タバコ会社は新たな顧客を開拓するために、青少年や女性の喫煙者を増やすことに力を入れた。
米国政府は日本やその他外国政府に、米国タバコに対する輸入の自由化、関税の撤廃または削減を求め、さらには米タバコ会社の宣伝広告を規制するどころか、拡大できるよう圧力をかけてきた。例えば、米国政府は、日本政府がタバコ製品の広告と輸入を自由化しなければ、日本の電化製品、自動車、その他製品の輸入を規制すると日本政府を脅しているのである(以下の記事参照)。また、米国大企業がどのように米国政府を操っているかという事実を知るには、『パワーエリート』(W・ミルズ著:東京大学出版会)を読んで欲しい。
ニコチン中毒でない人にとって、喫煙はまったく不自然で、気分が悪くなる行為だが、いったん中毒になってしまうと禁煙するのは極めて難しくなる。だからこそ、タバコ会社は巨額の費用を投じてタバコを宣伝するのである。タバコ会社が費やす広告宣伝費は、タバコの生産費用を上回り、タバコ業界の広告宣伝費の対売上比は他のどの業界よりも高いことは間違いない。
タバコ会社の宣伝広告は直接、間接の両方で行われる。直接とは、テレビ、新聞、雑誌、レーシングカー、広告塔などである。間接広告とは、有名人に自社のタバコを吸わせたり、映画やテレビの制作担当者に喫煙場面を挿入させることである。タバコ会社が制作担当者を買収して、主役に喫煙者を起用させ、役の中で多くの喫煙シーンを入れさせているのは有名である。それも悪役や不幸な場面ではなく、英雄やなごやかな場面に喫煙シーンを入れるのである。大企業が広告によっていかに大衆を操作しているかは、『すばらしい新世界』(ハックスレイ著、講談社刊)を参照して欲しい。
米国では、米国民の圧力により、喫煙率、タバコ生産、広告宣伝などの削減に成功した。タバコ対策については、米国市民がどのようにしてそれを成し遂げたかを研究するとよいかもしれない。
金持ちが禁煙し、貧乏人が タバコを吸い始める
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『ジャパン・タイムズ』 紙(1998年4月4日)
米国や他の先進国でタバコに対する規制が強まる中、米タバコ大手は海外市場、それも特に女性や青少年を標的に売り込みを始めている。先進国での喫煙率が年率約1%減少する一方、発展途上国でのそれは年率3%で増加している。この状況が今後30年間続けば、発展途上国では毎年約700万人が、喫煙が原因の病気によって死亡すると見込まれている。香港のタバコ規制団体の理事は、「欧米の喫煙者が減少しているため、多国籍企業のタバコメーカーは、タバコ規制がより寛大で販売がより容易な、かつタバコが健康に与える情報が行き渡っていない市場に標的を移した。米国はアジアを犠牲に儲けようとしている」という。
米国におけるタバコの売上が低迷する一方で、フィリップモリスなどのタバコ会社は東ヨーロッパ、アジア、南米での売上を拡大している。米国内においてはタバコの宣伝はもっぱらアフリカ系、ラテン系を対象としている。彼らが多く居住する地区の看板の8~9割はタバコとアルコールである。
1980年代初期から、米国の貿易担当官は通商代表部代表の支援を受け、日本、韓国、台湾、タイの市場を米タバコ向けに開放するよう積極的に後押ししてきた。これはノースカロライナ州選出の共和党上院議員のジェシー・ヘルムズを始めとする米タバコ業界の支援者によるもので、1974年通商法301条をたてに、米国からのタバコの輸入に対し市場を開放しなければ報復関税を課すと脅したのである。
タバコの消費量拡大において最大の標的となったのは中国であった。沿岸部から内陸へ向かって一貫して激しい宣伝を繰り広げた結果、今や世界で約11億人の喫煙者のうち、3億人が中国人である。中国における肺ガン死亡者は年間4.5%の割合で増加しており、2025年には約1億人の中国人が肺ガンで死亡すると見られている。中国では巨額の利益を見込んで、180万ヘクタールもの土地でタバコが栽培されている。しかし結局は、タバコからの収益よりも、肺がんなど、タバコを原因とする病気の治療代の方が高くつくことを忘れてはならない。
日本においては、タバコ業界の自主規制によってテレビ、ラジオ、映画、インターネットでの広告が1998年4月1日から禁止された。しかし、これだけでは不十分であり、公衆衛生担当者や教育者は喫煙を削減するための運動を、特に青少年に対し強化していく必要がある。
タバコの多国籍企業大手6社のうち3社がイギリスに本拠を置いていること、およびそのタバコの売り込みが主にアジアを標的としていることは、1830年代の対中阿片貿易を思い出させる。米国はコロンビアなどをコカイン輸出で非難するが、米国こそ発展途上国に対して熱心なタバコの売り込みを続けている。このような状況を改善するためには、教育、税制、法律、そして多国籍企業に対する規制など、多方面での戦略が必要であろう。