今回は民営化の行き着く先ともいえる「刑務所の民営化」に関する『読売新聞』の記事をお送りします。今年5月にNHKでこの記事の内容と同様の番組が放映されたため、ご覧になった読者も多いのではないかと思いますが、実際その番組を見た私は、米国がここまでひどい国とは思っていなかったため、非常にショックを受けました。
州政府は刑務所維持費の削減を狙って、民間刑務所に1人当たり43ドルで囚人を預けており、民間刑務所であるCCA(コレクションズ・コーポレーション・オブ・アメリカ)は、実に米国の囚人総数(約11万2,000人)の半分を面倒みているということです。米国流資本主義では、民間企業は利益拡大が基本です。受刑者1人当たり州政府から43ドルの収入を得られるなら、その数を増やして懲役期間を長くした方が利益になるため、ロビイストを使い、刑罰強化を求める政治家に献金をばらまき、官僚に天下り先を提供し、CMまで流しているということです。
またカリフォルニアでは、刑務所関連経費が州立大学の予算を上回っているという事実にも驚かされました。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
『読売新聞』 2000年2月19日
ジェイク・アデルステイン
◆ 民営刑務所が急成長
床に横たわり、おびえた表情の作業服姿の囚人を、看守が力を込めて蹴り上げる。別の囚人にはスタンガンで電気ショックを与え、這って逃げる囚人に猛犬をけしかける。これを、薄気味悪い笑いさえ浮かべて見つめる看守たち――。
1997年8月、全米で放映されたテキサス州ブラゾリア郡の民営刑務所内の惨状をとらえたビデオテープは、多くの米市民に衝撃を与えた。刑務所施設の運営にあたるのは、郡に委託された民間企業。州外のミズーリ州から預けられた囚人たちが被害に遭ったという実態も明らかになり、公費削減を図るために導入された民営刑務所の是非をめぐる論争が巻き起こった。
首都ワシントンにあるシンクタンク、司法政策研究所(JPI)によると、2000年2月中旬現在、アメリカの囚人数(未決囚と服役囚の合計)は、史上初めて200万の大台にのった。囚人人口では世界全体の実に約四分の一に達したことになる。
囚人の増加に伴って、刑務所運営を民間に委託するケースが現れた。このビジネスを開拓したのは、テネシー州を本拠とするCCA(コレクションズ・コーポレーション・オブ・アメリカ)。公立病院の運営経験を生かして、83年に新規分野に乗り出し、「安上がりで効率的な刑務所管理」をうたい文句に掲げて急成長を遂げ、現在、全米の民営刑務所に収監中の囚人総数(約11万2,000人)の半分以上、約7万人の面倒を見ている最大手だ。
「我々は、時代遅れの規則や官僚主義に縛られていない。だから、州政府管理に比べ、経費も節減できる。膨大な刑務所維持費を削減できるならと、自治体は我が社の門をたたく」と、CCA社の広報担当スーザン・ハートさんは説明する。
囚人1人について1日当たり約43ドル(約4,700円)の単価で請け負い、この範囲内で、囚人の食事、医療、更生教育など通常の刑務所業務計画を立案、管理運営する。
各州にとって、刑務所関連経費の負担増は悩みの種だ。ほぼ全州で、予算の5%以上に達し、カリフォルニア州では、95年以降、州立大学関連予算を上回っている。ニューヨーク州では、刑務所新設のため、低収入層向けの公共住宅建設予算の一部を振り向けている。そんなことから各州とも、刑務所管理の民間委託構想に飛びつき始めた。
だが、経営実態は必ずしも楽観を許さない。それどころか、「民間委託は、経費の削減やサービスの向上につながるとはいえない」(米会計検査院=GAO)、「刑務所の民営化による費用の削減効果はない」(国立刑務機関)という報告が出ている。
民営化のメリットを最初に指摘した論拠にも、最近、疑問が出ている。フロリダ大学のチャールズ・トマス元教授(犯罪学)が94年に発表した研究結果では、民営によるコスト削減は15~25%と“立証”された。しかし、97年、CCAが刑務所関連不動産企業PRTとの合併話を進めていた際、トマス元教授が総額約300万ドル相当の顧問料を受け取ったばかりか、PRTの役員で大株主だったことが判明。研究自体の信頼性が根底から揺らいだ。
約300億ドル規模ともいわれる刑務所ビジネス。そこに目を付ける実業家が現れるのは不思議ではない。だが、「単なる経費削減策の一環として、市民の生殺与奪の権限を民間企業に譲ってもいいのか。民主主義国家として、どこまで公共機関を民営化していいのかを真剣に考えるべきだ」(ダン・マックレルJPI副代表)という反省も生まれている。
◆ 囚人増が“企業利益”に 不祥事続発、更生に課題も
アメリカでは、殺人、強盗などの凶悪犯罪は、94年以降、減少しているにもかかわらず、囚人は増え続けている。
その理由は、カリフォルニア大学エリオット・カリー教授によると、第一に、米政府の麻薬撲滅キャンペーンに伴って、麻薬使用などに対する刑罰が重くなったためだ。その結果、囚人の4人に1人が、麻薬関連犯罪者という現象が生じた。第二に、「三振即アウト法」の普及が挙げられる。重罪を2度犯した前歴があれば、3度目の犯罪がたとえ軽罪でも、自動的に25年以上の刑が科せられるという法律だ。
司法政策研究所(JPI)のマックレル副代表は、刑務所ビジネス促進のために、囚人数が人為的に増え続ける側面も否定できないという。「企業は利益が基本。受刑者1人当たり約50ドルの収入を得られるなら、その数を増やして懲役期間を長くした方が利益になる。ロビイストを使い、刑罰強化を求める政治家に献金をばらまき、官僚に天下り先を提供し、CMまで流す。民営化を絶賛する学者や研究機関に報酬を送る。つまり、企業にとっては、受刑者の拡大と確保が命綱なのだ」
企業、株主、看守組合、警備品製造業者、そして刑務所誘致で潤う自治体など、いわゆる「刑務所複合体」の存在こそが、いたずらに囚人を増やす元凶だとする批判に対し、企業側は「妄想に過ぎない」と反論する。「ロビイストは確かに雇っているが、あくまでも民営化を進めるよう政界へ働きかけているだけだ。『囚人が増えるよう法律を改正しろ』などと要求したことはない。刑罰の強化を求めてきたのは市民の声だ」(CCA社)としている。
さらに、建設技術者資格の取得制度を採り入れるなど、囚人の更生面でも民営刑務所は力を尽くしているほか、独自に開発した6ヵ月間の麻薬リハビリテーション・プログラムが米政府によって高く評価されていると主張する。
しかし、現実には、不祥事が続出している。
96年、高い失業率にあえぐオハイオ州ヤングスタウン市は、雇用機会の確保を狙って、CCAに約40万平方メートルの土地を1ドルで売却し、税制優遇措置も講じて、直営民間刑務所を誘致した。4,500万ドルの建設工事、450人分の雇用を地元にもたらす約1,700人収容の中級警備刑務所は、翌年オープンした。
それから14ヵ月間で、この刑務所内では囚人同士の殺傷事件が13件発生し、2人が死亡した。98年7月には、6人が脱走する事件も起きた。うち5人は、本来なら最高級警備施設に収容すべき殺人犯だったが、CCAが首都ワシントンの一部刑務所から受け入れ、地元への通告を怠っていた。脱走事件発生の連絡も、市警に届いたのは判明から2時間後だった。警察が現場に到着した時、看守たちは脱走の事実さえ否定して非協力的だったという。こうして、ジョージ・マケルビ市長(当時)は、「これまでに取引した企業の中で、最も不正直で悪質な連中」とCCAを厳しく批判するに至った。
囚人は、CCAを相手取って、過剰暴力を容認し十分な医療を行っていないとして訴訟を起こした。市当局も原告団に加わった裁判は、CCAが約200万ドルの賠償金を支払い、第三者による監視機関を設けることに同意して、1999年、和解が成立した。
テキサス州ブラゾリア郡の刑務所での虐待などをめぐる訴訟では、2000年1月、双方が和解し、運営企業側が被害者に200万ドルを支払うことが決まった。
「民間刑務所を利用することは、もうありません」と、ブラゾリアの刑務所に囚人留置を委託していたミズーリ州のドラ・シリリロ刑務局長はいう。新たな更生プログラムに沿って、すべての囚人を学校に通わせ、カウンセリング、麻薬リハビリと地域サービスを通じて責任感のある人間として社会に復帰させる試みを続けている。新制度導入後、出所後に再び犯罪に手を染める累犯率は、導入前の約33%から約20%へと改善される実績をあげた。
「私たちの目標は、囚人を立ち直らせ、二度と刑務所へ戻らせないこと。社会にとっても、囚人本人にとっても、それがいい。究極的には、刑務所の必要性はなくしていきたい。でも実業家たちの狙いはまったく別。商売があがったりになるから、“常連客”を欲しがる。囚人たちを立ち直らせるために真剣に取り組むことができるのは、どちら? 一目瞭然でしょう」とシリリロ刑務局長はいい切る。
民営化によってコスト削減は可能でも、犯罪問題の根本的解決を民営化に期待するわけにはいかない。
自助の精神が発達したアメリカでは「スモール・ガバメント」(小さな政府)志向が根強いが、行政が果たすべき課題はまだ重く残されている。