米国の貧富の差の拡大について、なぜ米国民は黙っているのか、反対行動を起こさないのかと聞かれることがよくあります。この『ロサンゼルス・タイムズ』紙の記事に、その理由が分析されていますので、是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております
『ロサンゼルス・タイムズ』紙 2001年7月29日
ジョン・バルザー
「動物の中で共食いをするのは人間だけであると経験からわかっている。金持ちによる貧乏人の略奪に対して、これ以上穏かな表現は私には浮かばない」。これは200年前のトーマス・ジェファーソンの言葉であるが、以来どれだけ変化しただろう。今なお、彼のいった通りのことが繰り返されている現実に驚くはずだ。階級闘争が米国で大切にされてきたものすべてを脅かしている。
大統領選や最近の減税論議だけでも振り返ってみてほしい。特権や富の分配にあえて疑問を呈した人々は皆、問題児さらには反米主義者として社会的に抹殺された。
こうした仕打ちは、大多数を搾取し続ける一部の人間の行く手を確保する上で極めて効果的であった。最近、『ウォールストリート・ジャーナル』紙に経営者が手にする企業年金が取り上げられたが、その記事を読まれた方もおられるだろう。全米中の企業が一般労働者に対する年金受給額の据え置き、あるいは削減を行う一方で、経営者の退職年金は膨れ上がっている。その格差は、衝撃という言葉に値する。
多くの優良企業では、一般社員は1つの企業に一生勤めあげたとしても、退職後に手にする企業年金は月収の12%あるいは15%である。一方の経営者は、同じ企業に勤めながら、たとえ勤続年数は短くとも、もともと法外な額の月収の50~100%を手にする。加えて、サラリーマンは勤務年数が長くなければ企業年金を受給できないが、経営者は入社後すぐにでも受給資格を得ることができる。
あるドラッグストアー・チェーンでは、社員18,000人向けに6,500万ドルの企業年金債務を負っているのに対し、わずか数十人の経営幹部に対する年金債務額は3,200万ドルにものぼると、『ウォールストリート・ジャーナル』紙は報じている。電子機器メーカー大手は12,000人の一般社員向けの年金債務額を減らす一方で、71人の経営者向けには支払い額を増加させているという。さらに最近になって、余剰退職金を信託財産に変えることが可能になり、それを無税で子孫に残すことができるようになったという。企業年金の債務額削減により企業収益が増加すると、経営者はそれを理由に自身の法外な額の賞与を正当化している。一方で経営者は自分たちが受け取る年金債務額を株主には公開しないことが多い。
『ウォールストリート・ジャーナル』紙は、公益企業の合併で職を失った2人の運命を対照的に描いている。2人ともその企業での勤務年数は12年だった。65歳の溶接工は年金受給資格の勤続年数15年に満たなかった。しかし、もう1人の59歳の経営者の退職手当は勤続35年と同等に見なされ、毎月69,070ドルの年金を受給し始めたというのである。
なぜこうした貪欲さが生まれるのか、理由は簡単である。経営者が、自分を含むすべての従業員の報酬を決定する権限を持つからである。経営者はそれぞれが取締役会の一員である。取締役会では、「自分たちにはあらゆる資金が必要なのだ、さもなければ朝起きて会社に来る気にもなれない」といったことが真顔で話し合われている。互いにうなずき、それで事が決まってしまう。そして彼らの手先にその決定を実行に移させ、一般社員に決定事項を伝えさせるのである。
【 さらに難しい質問:なぜ反発が起きないのか。 】
米国ではベビーブーマー世代が間もなく定年を迎えようとしている。12,000人を犠牲にして、71人だけを優遇するような制度があれば不満が起こって当然だと思うであろう。あるいは少なくとも、大衆を味方につけたがる政治家はその不満に乗じるはずだ。
しかし今のところ、過激な政治活動家ラルフ・ネーダー以外、誰1人として些細な反撃すら起こしていない。なぜだろうか。多くの人と10以上の理由を挙げて話したが、その中で最も説得力があるものはわずかしかないように思える。しかし、結局はその一つ一つが白旗を揚げた状況につながっているのである。
政治献金。かつては企業の特権を阻止するために立ち上がった旧来の人民主義者は、政界に足場を確保できない。今や大した公職ではなくても、財界からの巨額の選挙献金が必要である。従って我々には人民主義者を政界に押し上げる後ろ盾にはなれないのである。
公益の消滅。ロナルド・レーガンの時代から米国人は、政府が象徴する社会の共有財は自由企業を抑制するという考え方を頭に叩き込まれてきた。その結果、米国の社会的抑制機能は働かなくなってしまった。「やれやれ、政府が企業と同じだけ効率的でありさえすれば」と皆が考えている。
冷笑。ピザを一切れ盗めば刑務所行きだが、ウォール街の証券会社が何千人もの人々の貯蓄を消滅させて逮捕されても、誰も罪を認めなければ株主が罰金を払うだけなのである。組織的不正行為に対して米国人は無力だと感じている。なぜならば権力を持つ人々がほとんど誰も、それを間違っているといわないからである。
恐れ。非情な文化が自分の身にふりかかり、社会が、貧困に同情するのではなく、個人の責任と見なすようになると、労働者階級は居場所を失うのを恐れて、多くの冷遇を受け入れるようになる。ロビン・フッドのような救世主がいないため、ノッティンガムの保安官にあごで使われてしまうのだ。
富くじ。笑ってはいけない。何千万人もの米国人が、もう一歩で貴族社会の仲間入りができると自分自身に思い込ませている。毎週、富くじに当たりさえすれば、敵陣営に逃げ込むチャンスがあると信じている一般労働者に、戦闘意識を持たせるのは容易なことではないのである。