世界を震撼させた9月11日のテロ事件について、読者の皆様から私のコメントを求められています。今回は、テロの直後に寄せられた読者からのメールへの回答と、ここでも以前に論文を取り上げたことのある米国人学者ハワード・ジンのエッセイをお送りします。
読者:米国中西部に住む者ですが、3日前に起こったニューヨーク市をはじめとする米国の中枢に対する大規模なテロリスト攻撃以来、まわりの雰囲気がガラリと変わってきました。この静かな住宅街でもどの家も星条旗を掲げ、まだ旗を出していない家に対し、「誇りをもって国旗を掲げるように」などというビラが配られて来るし、普段一緒に仕事をしている米国人の同僚たちも皆、強硬な軍事的制裁を望んでいます。私は日本人であり、米国だけが潤い、米国だけが勝利するのではなく、国際共存の道を目指すべきだという貴殿に共感する者ですが、事件以来の人々の短絡的な、感情論が先走った反応に囲まれ、落ち着かない毎日を過ごしています。米国は国際共存からますます遠いところへ向かっているような気がしてならないのです。しかし、大きな声でそれを言うと袋叩きにさえなりかねない状況です。ブッシュ大統領は今回のテロ攻撃を「戦争行為」とし、軍事的報復に向けて国民を一致団結しようとしています。そして、国全体が彼の思惑通りに動いているようです。罪もなく亡くなられた犠牲者を思うと心が痛みます。しかし、憎むべきは本当にアフガニスタンに潜伏中だというビンラディン氏率いるテロリスト集団なのでしょうか? お考えをお聞かせ下さい。
回答: 我々は現在テレビをはじめとするマスメディアの時代に生きています。それがもたらした結果の一つは、大部分の人が読書もせず、例えば百年前の人々に比べてじっくり物事を熟考しなくなったことです。したがって多くの人が、昔の人々よりも無知で操られやすくなりました。さらにテレビなどのマスメディアによって、現在はこれまでになくデマによって人々を分別のない狂乱状態に陥れることが容易になっています。今、貴方が米国中西部で感情論が先走った反応を目にしているのも、驚くべきことではありません。おそらく、貴方にはご家庭があり、お子さんもいらっしゃるでしょう。貴方のすべきことはご家族やご自分を守ることであり、米国への批判を口にして自らを危険に晒すべきではありません。狂乱状態の大衆に冷静に理性的に語ることは安全ではありませんし、決して有効ではないからです。
私も貴方と同様に、この事件で亡くなった罪のない人々、そのご家族や友人、同僚といった方々を思うとお気の毒で言葉もありません。そしてそれと同じように、第二次世界大戦が終焉してから米国の空爆によって亡くなった、数百万人の罪のない民間人についても私は同じように胸が痛むのです。
米国が空爆を行った国名とその年代を以下に列挙します。
中国 1945-46
韓国 1950-53
中国 1950-53
グアテマラ 1954
インドネシア 1958
キューバ 1959-60
グアテマラ 1960
コンゴ 1964
ペルー 1965
ラオス 1964-73
ベトナム 1961-73
カンボジア 1969-70
グアテマラ 1967-69
グレナダ 1983
リビア 1986
エルサルバドル 1980年代
ニカラグア 1980年代
パナマ 1989
イラク 1991-99
ボスニア 1995
スーダン 1998
アフガニスタン 1998
ユーゴスラビア 1999
米国の空爆によって、数百万人もの罪のない民間人が無情かつ無差別に殺されました。そういった攻撃によって、この世界が良くなったでしょうか。または米国がこの空爆を続ける理由が思いあたりますか? これらの米国の空爆こそ「顔のないテロリズム」ではないでしょうか。視界にも入らない空中のはるか高いところの爆撃機から、またははるか彼方の艦隊から発射された爆弾が、突然爆発する恐ろしさを想像できますか。この米国が行ってきたもの以上に「顔のないテロ行為」と言えることはないと思います。米国に対してなされた、今回のテロ行為の犠牲者に対するものと同じ思いを、米国のテロ行為によって殺された人々にも向けられることを願っています。そして、米国人が、世界の多くの人々が米国人を嫌うに至った原因を作ったのが、米国だったということに、気づいてほしいと思います。今回の同時テロ事件で、米国に対する憎しみをこれ以上増すのではなく、減らすような行動を米国がとることを望みます。テロリズムと戦う最善の方法は、テロ行為の原因となる憎しみを取り除くことだと思います。
最後に、この攻撃がビンラディンによるものかどうか、貴方と同じくらい私もわかりません。彼は、第二次世界大戦後、米国が世界中で数百万人を殺してきた方法と同じようなやり方で米国人を殺すほど米国を憎んでいる多くの国々の、何百万人もの人の一人に過ぎないような気もします。
——————
暴力では解決しない
——————
ハワード・ジン(The Progressive, 2001.9.14)
そのテレビの映像は、胸が張り裂けるものだった。炎の中の人がビルの100階の高さから死に向かって飛び降りる。パニックと恐怖にかられた人々が、埃と煙の中を現場から必死に逃げ出している。そこでは数千人もの人々が生き埋めとなり、瓦礫の下ですぐに亡くなったであろうに違いないことを私たちは知っている。衝突するためにハイジャックされ、炎上し、死を迎えた飛行機の乗客が味わった恐怖は、想像することしかできない。それらの映像に私はひどいショックを受け、吐き気をもよおした。
その後、米国の政治指導者がテレビに映し出され、私は再び、恐怖と吐き気に見舞われた。彼らは、報復と、復讐と、懲罰をすると言った。
これは戦争だ、と彼らは言った。そして私は思った。彼らは20世紀の歴史から何も学んでいない。100年にわたって行われた報復と復讐と戦争から、100年間にわたるテロリズムと反テロリズムという、暴力に対して暴力で返される終わりのない愚かさの繰り返しから、彼らは何一つ学んでいないのだ。
犯人が誰であれ、罪のない何千人もの人々を殺すことが自分たちの大義を促進するという狂った考え方を持つ者に対して、我々はみな、ひどい怒りをおぼえる。しかしこの怒りを我々はどうすればよいのか。慌てふためいて反応し、自分たちがどんなに強靭であるかを誇示するために、暴力的かつ盲目的に攻撃するのだろうか。ブッシュ大統領は、「我々はテロリストと、テロリストをかくまう国々とを区別しない」と宣言した。こうしてアフガニスタンを攻撃し、区別をしないということは無差別に爆撃を行うことであることから、必然的に罪のない人々を殺すのだろうか? テロリストたちに警告するために、こうして米国は自分自身がテロ行為を行うのだろうか?
米国は前にもそれをやってきた。それは昔の考え方であり昔のやり方だ。うまくいったことは一度もなかった。レーガンはリビアを爆撃した。ブッシュはイラクと戦争をした。クリントンはアフガニスタンを攻撃し、テロリストたちに警告するためにスーダンの製薬工場を爆撃した。その結果が、このニューヨークとワシントンにもたらされた恐怖である。もはや暴力を通じてテロリストたちに警告しても何も解決せず、むしろそれが別のテロ行為をもたらすということがはっきりしたのではないだろうか?
イスラエル・パレスチナ紛争から、我々は何も学んでいないのだろうか。パレスチナ人が自動車爆弾をしかければ、イスラエル政府は空爆とタンク爆撃で報復する。もう何年もそれが続いている。何も解決しない。そして両サイドの、罪のない人々が死んでいく。
そう、これは古い考え方で、米国には新しい方法が必要だ。米国の軍事行動の犠牲者となった、世界の至るところの人々が感じている恨みを、米国は考える必要がある。ベトナムでは、爆撃で人々を恐怖に陥れ、ナパーム弾やクラスター爆弾を使い農村を攻撃した。ラテンアメリカでは、チリ、エルサルバドル、その他の国で独裁者と死の分隊を支援した。イラクでは、米国の経済制裁によって何百万人もの人が死んでいる。そしておそらく、現状を理解するためにもっとも重要なのは、米国政府がイスラエルにハイテク兵器を供給する一方で、ヨルダン川西岸地区とガザの占領地区において百万人以上のパレスチナ人が、残虐な軍事占領下で暮らしているということだろう。
今テレビ映像で目にしている恐ろしい死や苦しみが、世界の別の場所で長い間続いてきたということを我々は考える必要がある。そして今だからこそ、我々はそれらの人々の苦難が、しばしば米国の政策によってもたらされたものだということがわかるのだ。そして、それらの人々のうちのある者が、いかにして静かな怒りからテロリズムという行動に出たのかを、我々は理解する必要がある。
米国は新しい考え方が必要だ。軍事予算に3千億ドルを費やしても国家の安全はもたらされなかった。世界中に米軍基地を置き、すべての海に米国艦隊を配備しても安全はもたらされなかった。米国は世界における位置づけを再考する必要がある。米国は他国の、または自国の人々を制圧する国々に武器を供給するのを止める必要がある。メディアの政治家たちがどんな理由をこじつけたとしても、我々は戦争をしないと決意する必要がある。なぜなら今の時代の戦争はつねに無差別であり、罪のない人や子供たちに対する戦争になるからだ。戦争はテロリズムであり、被害は100倍にもなる。米国人に安全をもたらすためには、国家の富を銃や飛行機や爆弾に使うのではなく、人々の健康や幸福のために使うことである。無料の国民健康保険や教育、住宅や一定水準の賃金保証、国民すべての健全な環境作りに使うのだ。ある政治家が求めているように国民の権利を限定しては安全はもたらされない。国民の権利を拡大してこそ、それは達成される。
我々が例に学ぶべき人々は「報復」や「戦争」を叫ぶ軍事指導者や政治家ではなく、騒乱のさなか人々の命を救った医師や看護婦、医学生や消防士、警察官だ。彼らがまず考えたのは暴力ではなく治すことであり、復讐ではなく苦しみに対する哀れみである。