No.523 業績を調整する会計方式

今週はエンロンをはじめとする米国大企業の企業会計の問題について、各種文献をもとにまとめた私の分析をお送りします。

業績を調整する会計方式

 

海外業務を通じて米国株式市場に巨額の資金を投じている日本の銀行が、米国株の暴落によって破たんし、その結果、日本国民の預金や年金資金などの大部分が消失してしまうことを私は危ぐしている。それはなぜか。さまざまな文献から私の懸念を裏付ける米国の状況に関する記述を拾ったので以下に紹介する。

私が信頼を寄せるエコノミストのディビッド・ポドヴィンは、米国で今、数兆ドル規模の金融不祥事が起きているという。これによって前例のない企業倒産が起き、米国経済に大きな被害がもたらされるおそれがある。メディアは気付いていても報道しないため、大部分の米国人はそれを知らない。

【 会計制度の抜け穴 】

2001年12月、米エネルギー商社、エンロンが倒産した。倒産のわずか10ヵ月前の2月には、エンロンの株は一株80ドル以上で取引され、時価総額は600億ドルを超えていた。エンロンは会計制度の抜け穴を利用して巨額の簿外取引を行い、またその富が大幅に減少していたにもかかわらず、悪化した業績を株主に報告してはいなかった。このエンロンの欺まんを許したのが、米国経済全体の健全性を脅かす「業績を調整できる会計方式」である。

この会計方式はプロフォーマ”と呼ばれ、合法化したのはもちろん米国の政治家である。プロフォーマ方式では、株式報酬やリストラにかかる費用、買収した企業の評価損など、一時的にしか発生しない費用を会計報告から切り離すことが認められている。将来の株価が影響を受けるべきではない、というもっともらしい理由により生まれた会計方式である。

【 企業収益取り繕う 】

エコノミストのポール・クルーグマンは、エンロンのような大企業の倒産劇は跡を絶たない。なぜなら少なからぬ数の大企業が、その立派な姿の裏で企業収益を取り繕うような会計方式を取っているからであるという。

実際、エンロンのやり方は米国企業全体に広まっており、エンロン問題が起きたとき、大企業はまず、その罪を一握りの個人にかぶせようとした。それがエンロン社内の特定の人物に責任転嫁できなくなると、今度はエンロンとその監査法人に非難を集中した。それもこの会計方式を守りたいがゆえの戦略であろう。

このような会計方式がなぜ正しい企業の業績を反映していないかといえば、例えば、給料は支出だが、支出に計上する必要のないストックオプションで報酬を支払うという簡単なトリックを使うと、会計報告の収益に驚くほど差が出るのである。

【 もう一つの「粉飾」 】

例えば、ネットワーク機器メーカーのシスコシステムズは、1998年の会計報告で収益13.5億ドルと発表したが、同社がその年に発行したストックオプションを時価で計算して給与支出として処理すると、シスコの損益は49億ドルの赤字になる。

プロフォーマ会計方式のもう一つの「粉飾」は、将来見込まれる売上を現在の収益として換算できることである。エンロンの場合も、数年後に利益が出るはずの契約の将来的な架空利益の資本還元価値を、現在の利益として扱うことで収益を膨らませた。収益が高ければ、もちろん株価も上がる。エンロンはこれで役員に高額のボーナスを払い、政治家たちにも利益を分配したのだ。

訴訟の国米国で、このような投資家を惑わすような会計方式がまかり通るのも、クリントン政権時代に企業やその経営者、監査人に対して投資家が訴訟を起こしても勝訴を難しくさせるような法律を米議会が施行したからである。1995年の米国民事証券訴訟改革法によってこれがさらに強化され、ますます企業と監査を行う監査法人、また企業とその株を売買する投資銀行とがなれ合いの関係になっていったのだ。

【 対岸の火事でない 】

つまり、このプロフォーマという会計方式が違法とみなされない限り、米国の株式市場は米国企業の真実の業績を反映してはいないのである。現在ニューヨーク・ダウ平均は一万ドルを超えているが、すべての企業が従来の一般に認められた会計原則(GAAP会計基準)に基づいた会計報告を行えば、すなわち本来の業績が反映されれば、米国の株価は暴落するであろう。

そして米国経済に致命的な影響が及ぶだろう。例えそれが政治家ぐるみの陰謀であっても、粉飾された業績が明らかになれば、株価の暴落は止められない。偽りの企業収益に気付いた投資家が株を売り、米国第7位の大企業であったエンロンも倒産したのだから。

米国株式市場に巨額の投資を行っている日本の銀行にとって、こうした米企業のスキャンダルが対岸の火事ではないと私が思うのはそのためである。”