前回は米国の企業会計の問題について取り上げましたが、今回は米国の状況が日本経済全体にどのような影響をもたらすかについて取り上げます。
米経済信奉は危険なかけ
前回は、倒産した米エネルギー商社エンロンが行ってきた粉飾会計がどのようなものであったか、またこうした大企業の破たんは後を絶たないであろうことについて述べた。実際、エンロンだけでなく、GEやIBM、インテルやディズニーといった多くの大手企業がエンロンと同様の会計手法を利用している。
【 株高による好況 】
では金融大国である米国を盲目的に信奉して、米株式市場に多大な投資を行ってきた日本の金融機関、さらには日本経済全体にとって、こうした米経済の実態は何を意味するのであろうか。
まず米経済について言えることは、1990年代から言われてきた好況ぶりは、ひとえに株高によるものであるということだ。生活に必要な財やサービスの生産、流通、消費にかかわる産業や、そこで働く労働者、さらにそれを消費する国民の景気は決してよくならなかった。実際、一般の米国人労働者が手にする給与は、インフレ分を調整すると30年前よりも低くなっている。
米国の好景気の恩恵に浴しているのは、その資産を株やその他の投資にまわせる富裕層や彼らに雇われている者(社長や会計士、ブローカー、弁護士、政治家、官僚など)だけであり、株価収益の86%は米国の上位10%の富裕者に、そのうち半分は最上位1%の人の手に渡っている。好景気とされた90年代に、実際の生産活動に携わっている一般国民が手にした株価収益はわずか14%であった。
【 法律や規制を緩和 】
また、米国大企業が行っている業績の過大評価や、それがもたらした株式市場の好況を後押ししているのは米国政府である。1929年の大恐慌の一因が、1920年代の株ブームの時に企業会計情報が公表されていなかったことにあったため、会計原則にのっとった財務諸表の公開が義務付けられた。
にもかかわらず、1990年代になると、米国政府は経費を操作して業績をよく見せかけられる会計方式を合法化した。さらに、米国政府は、日本を含む世界各国に対して、いわゆる「グローバル化」をけしかけた。
国際金融分野では、御用機関であるIMFと世界銀行を使って、国際間の資金移動を抑制していた法律や規制の緩和を各国に呼びかけたのである。
【 140兆円どこへ? 】
そして米国企業が粉飾会計で株価を意図的に押し上げていることに気付かなかった諸外国は、自国の規制を撤廃しては米国株式市場に競って投資した。これがさらなる株高を米国にもたらした。
日本はどうだったか。日本政府は米国からの圧力もあり、1998年にビッグバンと呼ばれる金融改革を実施し、規制緩和を行って金融機関が自由に海外の株式や債券に投資できるようにした。加えて日本政府は、これも米国からの「指導」を受けて、バブル崩壊で生まれた不良債権を早急に処理するよう銀行に迫った。
このような状況の中、短期に利益を上げて財務諸表を改善せざるを得なくなった日本の銀行にとって、投資先は海外しか考えられなくなった。そして預金者の許可なく、日本国民の預金や年金資金を次々と米国の株式市場に投じていったのである。
ビッグバン以降、日本の銀行の国内貸付は95兆円減少し、一方で預金高は45兆円増加した。都合140兆円はどこに消えたのか。銀行は預かったお金を保管しているだけでは成り立たないので、必ずそれをどこかで運用している。日本の株式市場が低迷する今、日本の銀行は国内への貸付を減らし、海外、それも主に米国に投資していると私はみている。
【 真の戦犯は自民党 】
しかし、米国の大企業の多くが業績を水増し報告している実態が明らかになれば、第二、第三のエンロンが出現し、株価暴落に勢いがつき、ダウ平均は現在の半分もしくは三分の一にさえなり得る。そして米ドルは下落し100円にはなるだろう。
すなわち日本国民の140兆円の預金や年金資金は、株の暴落で70兆円か50兆円になり、さらにドルの暴落25%を考えると50兆円から40兆円にまで減ってしまう。裏返せば、瞬時に日本の銀行の帳簿に100兆円の不良債権が記載されるということだ。つまり預金や年金の消失のみならず、不良債権を抱えた大銀行の破滅にもつながり、国民生活にさらなる影響が及ぶだろう。
歴史を振り返ってみると、米国の大恐慌を発端に世界金融恐慌が起こり、第一次大戦で巨額な賠償金の支払いを要請されたドイツの中産階級が破産し、権力を強めたヒトラーによって第二次大戦へと突入した。同じシナリオが絶対に起きない保証はない。私は日本の銀行にこのような危険なかけ事はしてほしくないし、まして私たちの預金でそれをやってもらいたくはない。
しかし、銀行にこの自由裁量権を与えたのは日本の政府である。つまり真の戦犯は銀行ではなく自民党政権だが、彼らを選んでいるのは他の誰でもない、日本国民なのである。