No.526 幻の個人金融資産1400兆円

今回は前回に引き続き、日本には1400兆円の個人金融資産があるといわれながら、なぜ日本経済は病んでいるのか、また、なぜ日本の銀行がその1400兆円の生産的な投資先を見つけられずに、ばくちに走っているのかについて、説明したいと思います。

幻の個人金融資産1400兆円

 

日本人は世界一裕福で、1400兆円もの個人金融資産があるという。しかし、それは生産と消費のギャップにすぎず、人々がそのすべてを使うことはできないだろうと前回に書いた。日本がデフレに陥っているのは、人々が現在の所得を使ってするはずの消費を繰り延べているため、需要をはるかに上回る製品が国内にあふれているからだ。

【 投資家への融資】

日本が過剰な生産能力に悩むのも不思議はない。なぜなら日本という地域社会とは人々の集団、つまり生きた生物体の集まりである。生き物は無限に成長するものではない。戦後、日本は焼け野原となり、一からすべてをつくり直さなければならなかったため、日本経済は確かに発育盛りの子供のように急成長した。

しかし、復興を遂げて「大人」になってしまえば、それまでと同じ速度で成長し続けることはありえない。「大人」になった日本は、すべてにおいて十分すぎるほどの消費レベルに達している。これ以上消費すれば肥満になる状況にある。

この過程を銀行預金の投資先の観点から見てみよう。敗戦から数十年間、日本経済が幼年期のころは消費が急増し、それに見合う生産能力が求められて追加投資が必要とされた。銀行はこの設備投資の需要増にあわせ、企業に資金を貸し出して利益を上げ、その結果、世界でも最も強大で健全な銀行となった。

しかし、1980年代半ば以降、日本経済が成熟し、必需品やサービスが国民に十分行き渡るようになると、設備投資などの生産的な資金需要は減少した。それはあまりにも急激な減少だった。しかし、日本の銀行は経費をカバーし続ける必要があり、そのための利益を上げる必要があった。そして、利益を出そうとした銀行が行ったことが、日本社会に大きな損害をもたらしたのである。

【 マイナスサムゲーム】

80年代末、生産的な投資先を失った銀行が新たな運用先として預金を向けたのが投機家への融資である。投機といえば聞こえはよいが、それはかけ事、ばくちである。80年代にバブルが起きた原因は、銀行が土地や株、債券や通貨、デリバティブなどの投機向けに預金を貸し出し、また銀行自身もそれに熱中したことにある。

問題は、銀行が預金をかけ事に使うことを預金者に断らずに行ったことだ。銀行が預金でとばくをし、もうけは銀行のもの、負け分を預金者である国民に請求すると知ったら、日本人は果たして預金をし続けただろうか。

土地や株、債券や通貨、デリバティブを対象とした投機というとばくは、競馬やルーレットと同じようにゼロサムゲーム、すなわち、勝者の利益は敗者の損失によってもたらされる。銀行や投機家が預金でとばくをしてもうけたとしても、日本全体として考えれば利益は増えておらず、敗者から勝者に資金が移動するだけである。

また銀行はそのとばくで勝ったとしても、もうけは預金者に還元せず、負けたときだけ損失分を「不良債権」と呼んでは公的資金、つまり国民の税金によって補てんさせてきた。つまり投機は、銀行にとってはプラスサムゲーム、かたや預金者にとっては、勝っても配当なし、負けると税金が使われるというマイナスサムゲームである。

公的資金で「不良債権」問題を解消すれば、日本経済は回復するという主張をよく聞くが、それはまったくの幻想である。生産的な投資需要以上に銀行に預金が集まる状況がなくならない限り、銀行はとばくを続けることになり、不良債権問題は決してなくならないからである。

【 海外での“とばく”へ】

生産的な投資先を失った銀行にもう一つの資金運用先を提供したのは、橋本総理が98年に行った金融ビッグバンである。金融規制緩和により、海外でのとばくも可能になったのだ。しかし、日本の銀行が国外に預金を持ち出せば持ち出すほど、日本国内に循環する資金は減少する。それにもかかわらず、銀行は海外の投機家に貸し出したり、銀行自身、海外でかけ事を行うようになっていった。

国内企業に貸し出していれば、銀行にとって利益は少なかったかもしれないが、国内の貸し渋りによって起きた倒産や失業は避けられたかもしれない。しかし、銀行は少しでも高い利益を得ようと、とばくの場を海外に求めて預金を持ち出している。

結局、日本国民が、生産的な投資に使えないほどの預金を続ける限り、銀行は経費をカバーするために資金を運用して利益を求めざるを得ず、投機を行う構造になっている。

この構造では、運がよければ銀行は預金を喪失することなくコスト分をカバーできるかもしれない。その場合、日本経済にとっての損失は消費できないほどの生産、すなわちデフレで、預金価値が減少するだけですむ。しかし最悪の場合、銀行がとばくで負けた分だけ預金は減少する。

いずれにしても、1400兆円という個人金融資産が名目にすぎないことは確かなのである。