No.537 自己責任の限界

規制緩和を推進する際に決まって「自己責任」ということが言われますが、自己責任とは結局は「企業が自分勝手な行動をとらないように規制をする」という責任を政府が放棄することに等しいと私は思います。企業に自由な行動を取らせた結果はどうか、エンロンの例などに明らかだと思います。本当に「自己責任」の時代を欲しているのか考えていただきたいと思います。

自己責任の限界

 

前回、米国の401kの実態について取り上げたが、日本でこの401kを推進する政府や企業は次のような理由を挙げている。
まず、少子高齢化による公的年金財源の不足に対応するためには、受給開始年齢の引き上げや給付金額の減少が避けられない情勢にあるため、個人の老後の所得を補てんする企業年金の見直しは不可欠で、運用に成功すれば受給金額の増加が図れる401kを取り入れるべき、というもの。

どうなる企業規制

もう一つの理由は企業の負担軽減で、株式市場の下落や長期金利の低下を背景に企業年金の運用収益が減少し大幅な積立不足が発生した。企業側はその穴埋めとして多額の経費計上を強いられており、ただでさえ収益環境が悪化している状況の下、掛け金として一定金額の負担をした後は追加負担が避けられる制度が欲しい。
さらには、これまでは終身雇用が多かったが、頻繁に転職を行う人や自らが望まなくても企業のリストラなどにより転職を強いられる人が増えているため、確定拠出型年金なら転職を繰り返しても一つの企業に在職するのと同様の効果やメリットが得られるというものだ。
そして最後に、これからは政府や会社を頼るのではなく、サラリーマンも「自己責任」の時代なのだとくる。しかし「自己責任」とは、結局は、企業が自分勝手な行動をとらないように規制をするという責任を政府が放棄することに等しいのである。
経団連が一九九四年に発表した「規制緩和の経済効果に関する分析と雇用対策」というレポートには「自己責任」についてこう記されている。「企業や国民の意識を規制依存型から、自己責任型へ転換する必要がある」。

エンロンのケース

そして経済効果として、「規制緩和によって規制産業において生産性が向上する効果と、内外価格差が縮小する効果を合わせると九五-二〇〇〇年度の累計では実質GDPが百七十七兆円増加し、雇用者数は七十四万人増加する」とある。
経団連のこのレポートから八年、GDPは八兆円しか増えていない上に、当時2・9%だった失業率は倍増した。同レポートは「企業はこれまでの他律的な規制から、自律的な自己規制へ転換を図り、国際的に普遍のルールに基づいた社会の中で自由に競争し、日本的な長所を最大限に発揮することが強く求められる」とうたっているが、企業に自律的な自己規制など期待できないことは明らかだ。
経団連が目指す自由な競争社会である米国の現状をみれば、企業に自律的な自己規制を求めることは不可能だとすら思える。特にエンロンを発端に明るみになった不正な会計手法問題では、不正が発覚する前に株を売り抜けた経営陣とは逆に、エンロンの社員は八十ドルの株が八十セントになるまで、株を売ることを禁じられた。
エンロンはフォーチュン誌で六年連続「米国の最も革新的な企業」に挙げられ、有名なアーサーアンダーセンが会計監査を行っていた。著名なアナリストや教授もエンロンのビジネスモデルを称賛して高い格付けをし、世界最大の金融機関シティグループやJPモルガンが融資を行っていた。
誰もが投資したくなるすばらしい企業像ではないか。日本の新聞や雑誌にも、エンロンを称賛する記事が数多く掲載された。しかし事実は、監査法人も金融機関もエンロンが実際に抱える負債を隠し続けてきた。エンロンに投資をして将来の退職年金をふいにした人々は、それも自己責任だと、一蹴(いっしゅう)されるのであろうか。
安定した社会保障を
少子高齢化社会を迎えるからこそ、日本には安定した社会保障が必要である。そしてそれは株と連動させたギャンブルのような年金制度で各個人が管理・運用するのではなく、政府が累進課税によって所得税や法人税を徴収し、それを高齢者に年金として国民に配分する形でなければならない。これがデフレに悩む現代の少子高齢化日本に、最も求められる年金制度だと私は思う。
技術革新により生産性が高まる一方の日本にとって、必要なのは労働者ではなく消費者である。つまり消費はするが、若者と仕事を取り合うことのない高齢者こそ、デフレ日本の経済を救う人々なのである。
人間の代わりに機械がつくった富を、機械の所有者である資本家から税金で徴収し、それを年金として消費者に配分する。これで日本経済がうまく循環するようになるのである。
規制緩和や民営化を通して政府が国民の保障や規制を取り払い、弱肉強食の競争社会になればなるほど、また自己責任型の社会になればなるほど、人々は将来を不安に思い、消費を控えて預金をする。ペイオフに備えて銀行の貸し金庫の需要が急速に増えたのも、最小規模の金庫でも五千万円ぐらい保管できるためだという。
日本のデフレを解消するためにも、人々が安心して消費し生活できる環境を提供すべく、税法を改正し、貸し金庫へ回るお金をなくすことが先決なのである。