今回は、税の公平性を考える上で見過ごされがちな、社会保険料負担について取り上げます。所得税に社会保険料率を加え、14年前と現在とで各所得階層の負担がどれだけ変化したかで比べました。
不公平な社会保険料
今から二千四百年も前、アリストテレスは理想の政府を研究し、重要なのは政府の形態ではなく、権力を持つ者がその力を自分や取り巻きのために使うのではなく、公益の実現のために使うことだと言った。
孔子もまた、支配者がその地位に就いたのは能力や努力より、むしろ幸運からだということを理解した上で、国民の利益のために使うようにと同様のことを説いた。
低所得者ほど負担大
アリストテレスも孔子も、平成の日本政府には落胆しているに違いない。なぜなら政府はその権力を私利私欲を満たすために利用しているからである。なかでもそれが顕著なのは税制で、過去二十年間、所得税率は累進性が一貫して低くなり、税の支払い能力が高い高額所得者は所得税減税の恩恵を受けてきたのに対し、税の支払能力が低い低所得者層の所得税率が増税された。
実際に夫婦と子供二人という勤労世帯が支払った所得税(実効税率)について、一九八四年と二〇〇二年で比較してみたい。確かに、過去十八年間で低所得の世帯が最も大きな減税を受けたように見える。日本の勤労世帯のうち93%が年収千二百万円以下で、その世帯が支払った所得税の年収比は十八年前の半分以下になり、年収四百八十万円以下(全勤労世帯の38%)ではその割合は四分の一に減っているからだ。所得税が年収に占める割合の減少率が最も低いのは、全体の7%に当たる高額所得層だった。
しかし、税負担を見るには所得税だけでは不十分である。なぜなら八四年以降、政府は社会保険料を大幅に引き上げているからだ。社会保険には健康保険、厚生年金保険などが含まれ、保険料率は所得税とは異なり一定である。
さらに標準報酬月額の上限が設定され、その上限を超えると保険料は一定額にとどまる。つまり社会保険料は低所得者ほど負担が大きい「逆進的」であるといえる。八四年には5・3%だった厚生年金保険は二〇〇二年には8・675%に、健康保険も4・2%が4・785%になった。
月額標準報酬の上限は、厚生年金保険が八四年が月額四十一万円、健康保険が四十七万円だったものが、二〇〇二年にはそれぞれ六十二万円と九十八万円に引き上げられた。
クローニー資本主義
所得税と社会保険料を足して世帯年収に占める割合を調べてみると、八四年に年収四百八十万円までの世帯は12%、二〇〇二年も12%と変わらない。八百五十万円では16%が15%に減少、千二百万円では19%が16%にそれぞれ減少した。
減少幅は高額所得層になるほど大きく、五千万円では43%が29%に、一億円では53%が32%になった。つまり、社会保険料負担は低所得者層に重くのしかかり、高額所得者世帯にとっては軽いということを如実に示している。
政府やメディアは所得税減税ばかりを取り上げるが、その陰でひっそりと、しかし大幅に社会保険料が引き上げられた。勤労者の多くがこの負担増にあまり気付かないのは、消費税のように自分で直接支払うのではなく、給与天引きされているためかもしれない。
さらに八四年には導入されていなかった消費税を合わせて計算すると、勤労者世帯の93%が八四年よりも二〇〇二年の方が多く税金を払っている。八四年よりも税金が減ったのは、全体の7%の高額所得層だけである。7%の世帯に減税をもたらしたのは、もちろん残り93%を増税したからである。年収四百八十万円以下の38%の世帯では、なんと31%の増税となった。
日本の税制を決めるのは政治家や官僚である。決定権を持つ人々が自分たちに恩恵を与える仲間の税金を低くし、そうでない人々に高い税金を課すことは、アリストテレスも孔子も批判した、特権階級に利権が集中するクローニー(仲間うち)資本主義そのものである。
デフレ悪化の一因
さらにデフレに悩む日本経済において、これほどばかげた政策はない。デフレは需要が供給を下回ること、つまり生産が消費を上回ることであり、消費が足りず、貯蓄が増えることだ。
過去二十年、政府は企業の利益や高額の個人所得税を減税して生産と貯蓄を奨励し、その一方で低所得世帯の社会保険料を引き上げ、消費税を増税して消費を冷え込ませ、デフレに拍車をかけてきた。もちろんデフレの元凶は産業革命以降の生産性増大にある。しかし腐敗した税制がデフレを悪化させた一因であることは間違いなく、これを撤回しない限りデフレは継続するだろう。
社会保険料の逆進性について、厚生年金支給額に上限があるから、保険料に上限があってしかるべきという主張があるが、それは理由にはならない。道路や警察、教育、防衛といった国家基盤はその所得にかかわらず国民に平等に提供される。
国民はそれらのインフラに対して、所得に応じて税負担をしている。厚生年金保険や健康保険も全国民が受けるべき基本的なサービスである。従って社会保険料も現在のような逆進性ではなく、所得にあわせて累進的に徴税される公平なインフラであるべきだ。