政府の発表やコメント、大新聞に掲載される論評を見ると日本国民の感覚とかなりのずれを感じることが多いが、まずメディアが誘導している場合が少なくない。今日の経済紙にも、米識者の視点として、不良債権処理の償却だけでなく、郵便貯金制度にもメスを、という論評がなされていた。日本の銀行の次にはげたかファンドが狙う郵貯、こうして日本国民のお金をすべて米国に差し上げるべく、メディアが道ならしをおこなっているとしか思えないのだが、過去の竹中大臣の発言とあわせて、新たに発表される政策を精査する必要もあるのではないかと思う。
失政の果て
今年六月、日銀の金融広報中央委員会が老後の生活に対するアンケートを行った結果、世帯主が六十歳未満の家庭の九割が老後を「不安」と答え、主な理由は貯蓄や年金が十分ではないとし、これは一九九二年以降最高の水準であったという。
9割が老後「不安」
当然といえば当然すぎる結果である。消費者物価指数(東京)は三十七カ月連続で前年水準を下回っている。従来の退職金制度を「見直す」企業が増加し、失業率はもう何カ月も横ばいが続く。
企業の給与総額は減少し、各種報酬が減らされる中、所定外労働時間だけがリストラなどの要員減のために増加している。こうした状況の中、人々が将来に不安を感じて貯蓄に励むのは当然といえよう。それが今の日本がデフレの悪循環から抜け出せない原因である。
何度も繰り返し述べてきたが、デフレの原因は製品の過剰供給か、需要の不足にある。人々が必要な量だけを生産するのであれば過剰供給にはならないが、企業の目的が利益追求になれば、どうしても生産は過剰となる。
企業が減産をするか、または人々が預金をやめ個人消費を増やすか、または政府が社会消費を増やさなければこのデフレは解消しない。デフレ解消を行うはずの日本政府は、二〇〇三年度税制改正で減税項目として法人税、贈与税、証券税制、土地税制、相続税を挙げた。
逆に一般の勤労者家庭には、配偶者特別控除などの縮小を計画し、減税どころか実質的な所得税増税になる。デフレ解消のために個人消費を増やすどころか、さらに減らそうとする政策をとっている。
デフレ解消とまったく逆の政策を取る一方で、日本政府は不良債権処理に最も力を入れている。しかし、それは日本の問題を解決するというより、米国の機嫌を取るために行っているとしか私にはみえない。
問題のすり替え
米国は日本を支援する姿勢を打ち出し、「日本の経済成長には金融緩和と銀行システム健全化の同時実施が不可欠」(テーラー米財務次官)と強調するが、永遠の「経済成長」などあり得ない。
日本には日本の国に合った大きさの経済規模がある。まして、日本国民が直面している真の問題はデフレであり、銀行システム健全化や不良債権問題とはまったく別の問題である。ここに何か、大きな問題のすり替えを感じる。
まず、日本の銀行問題は純粋に国内問題である。米国が強く要求する不良債権処理を加速しなければならない理由はまったくない。米国が、友人として日本の経済問題を心配しているのであれば、日本政府は、米国は自国の心配をするようにと穏やかに言い返せばよい。
例えば対外純資産残高一つとっても、日本は百七十九兆二千五百七十億円(平成十三年末)で世界最大の債権国であるのに対し、片や米国は対外純負債残高を二百五十一兆三千三百八十億円(平成十二年末)も抱えた世界最大の債務国である。
さらに米国は減税と景気低迷による所得税収、法人税収の落ち込み、さらにアフガン戦争のための軍事支出増大によって二〇〇二年会計年度には、財政黒字から赤字に転じるという。
ここでもう一度、日本の不良債権問題はデフレ解消よりも優先すべき事柄なのであろうかということを冷静に考えてほしい。日本の金融制度が最悪の状態に達したのは、一九九三年初めであり、以来、日本の銀行は大蔵省、財務省の指導監督を受けながら、預金金利を低く、貸出金利を高く設定し利益率を大きくすることにより、一九八〇年代のバブルがもたらした最悪の状態から脱している。
竹中案の本質は何か
また、日経の平均株価は大幅に下がってはいるものの、それは指標とされる銘柄が二〇〇〇年に入れ替えられ、いわゆるオールドエコノミー銘柄の代わりに情報通信関連銘柄が含まれた結果であることを見落としてはならない。入れ替え前の指標であればここまで落ちてはいないのである。
バブル期に比べ地価も大きく暴落した。しかし、詳しく見ると過去四年間で賃貸料が倍になっている地区もあり、米国ハゲタカファンドの中には、地価や不動産の下げ幅が期待はずれだったとして日本市場から早々に撤退したところもある。実際、例えば東京都内で外資の手に渡った主要な建物がどのくらいあるだろうか。
日本の金融制度や不良債権は確かに問題ではあるが、それが今日日本が直面する深刻な経済問題の本質ではない。時事評論家の増田俊男氏は、今回の竹中案は強引に銀行を国営化することで、銀行や銀行の株主の意志ではなく、竹中大臣の意志で、米国のハゲタカファンドに日本の銀行のバーゲンセールをするためであり、米国が竹中大臣と竹中案をもろ手を挙げて支援するのは「竹中平蔵氏が、ただ同然で八百三十兆円の財布をアメリカに渡そうとしているから」であると述べている。
残念だが、竹中氏の経歴やこれまでの発言から、私も増田氏の見方に賛同せざるをえないのである。