No.549 ウイナー・テイク・オール

商法の改正で2003年から大会社は「委員会等設置会社」と呼ばれる、米国型企業統治を選択できるようになるという。日本企業で不祥事が起きるたびに、だからこそ米国のような透明性の高い報酬決定や監査体制を求める声があがるが、米国型経営によって現実に何が起こっているのか、今回はそれを取り上げてみたい。

ウイナー・テイク・オール

 エンロンはじめ、少なからぬ米国企業の好業績が短期的に利益を上げるための会計操作によってもたらされていたことが明らかになったいま、経済の低迷を日本式経営手法のせいにして、それゆえに、日本もグローバル・スタンダード、すなわち米国の経営手法を取り入れなければならないとする声は、以前より小さくなった気がする。

 米国経済がほころび始める前の一九九〇年代半ば、日本でもインセンティブ報酬制度の導入、それによって経営者の報酬改革をという勢いから、九七年にストックオプション制度が全面解禁となった。

ストックオプション

 会社の業績を上げるためには、米国に比べて大幅に少ない日本の役員報酬をもっと上げなければいけないという論議があからさまになされ、日本の上場企業の約三割がストックオプションを導入した(今年六月末時点)。しかし、例え従業員に適用されても、ストックオプションで最も大きな利益を手にするのはCEO(最高経営責任者)など、経営陣である。

 ビジネスウィーク誌によれば、一九八〇年には製造業の平均労働者の四十二倍だった米国のCEOの報酬は二〇〇一年には四百十一倍、約十三億円にもなっている。CEOと同じ割合で労働者の給料が上がっていれば平均年収は千三百五十八万円になっていたはずだが、現在の平均年収は二百八十五万円にすぎない。

 なぜCEOの報酬ばかりがこんなに上昇したのか。その理由として九〇年代に最も言われたのは『市場原理』である。九〇年代半ばの米国は、経営者でもスポーツ選手でも、まさに一握りの才能のある人々がほとんどの分け前を手にして立ち去るという構図を著した『ウイナー・テイク・オール・ソサエティ』(邦題/一人勝ち社会の到来/フィリップ・クック、ロバート・フランク著)に象徴される社会だった。

 しかしCEOに対する需要と供給の関係から、彼らの報酬が高額になるという見方は真実だろうか。まず企業がCEOを選ぶプロセスが明確ではない。

鳴り物入りで就任

 米国では数多くある人材斡旋会社を使って取締役会がCEOを選択することが多く、すでに有名企業で経営に当たっていた人が鳴り物入りで就任するのがほとんどで、社内からたたき上げで社長に就任する例は極めて少ない。無名のCEOではウォール街が納得しないからであろう。

 米国の取締役会という狭い社会はよそ者を入れることはあまりなく、すでにある自分たちの世界を壊さないような人をCEOにしつらえ、そのCEOに高額の報酬を保証し、ひいては自分の高額の報酬も確保する。つまり取締役会という勝者の席に座った者たちが、一人勝ちできるような仕組みをつくっているとしか思えない。

 さらにCEOの成績は野球選手のように明確に示されることもなく、企業の業績が上がったところで、それがどこまで経営者の能力かを測ることは容易ではない。

 会社の業績を最も左右するのは、その会社がどの業界に属しているか、株式市場のトレンドや一般的な経済状況はどうかといった外的要素であり、また数百、数千人の社員の貢献なのである。巨額の報酬を得る有名なCEO就任が利益をもたらすものがあるとしたら、それは就任発表で株価が上昇するケースであろう。しかしそれはあくまでも一時的なものにすぎない。

 ルーセント・テクノロジー時代、フォーチュン誌に「ビジネス界の最強の女性」特集で取り上げられたフィオリーナ氏は、一九九九年にヒューレット・パッカードのCEOに就任した。ルーセントで彼女が営業部長として損益の責任を担っていたわけではなく、また、当時のルーセントの業績を膨らませていたのは会計方式だったということも明らかになったいまでは、どこまで正確に彼女の経営手腕を評価できるのかは定かではないだろう。

お手盛りシステム

 コンパックの買収により、一万五千人の人員解雇を行うとフィオリーナ氏は発表した。しかしHP社の株価は彼女がCEOに就任してから58%下落している。そのフィオリーナ氏が二〇〇〇年度に手にした報酬は、ストックオプションを加えると十七億円をも上回るものとなっている。

 この高額な報酬は、誰がどのように決めるのか。多くの米国企業では、同じ業界のCEOの報酬と比べるために「報酬コンサルタント」と呼ばれる人々を雇っている。

 しかしこれは結局、仲間同士、特に巨額の報酬を得ている人々を選択していればおのずと自分の報酬も高くなるというお手盛りのシステムなのである。エンロン事件の際にエンロンの役員の一人は「自分たちの報酬はコンサルタントに相談して決めたものであり、得ていた報酬が高すぎるとは思わなかった」と議会で証言している。

 エンロンの役員たちは、エンロンの純益が九億七千五百万ドルしかない年に、一年間に総額七億五千万ドルの現金ボーナスを自分たちに支給していた。

 ウイナー・テイク・オール、一人勝ち社会の米国で、すでに勝者としてトップの地位に就いたCEOたちは、こうして巨額のお金を社員や株主から自分たちのポケットに移動させてきた。どう考えても、これは日本が決して取り入れてはならない米国式経営手法の一つであろう。