No.552 国有化の条件

 金融に競争原理を導入して、金利を自由化し、国際金融を日本に直接持ち込む、といったようなことを掲げて行われた金融ビッグバン。しかしビッグバンの施行以降、日本はどうなったかというと公的資金投入により銀行の一時国有化もありうるという状況である。銀行を国有化し、次に郵貯を民営化しようというのか。さらなる過ちをおかす前に、政府がすべきことは、まず自分たちの失策を撤回することから始めるべきではないだろうか。

国有化の条件

 日本は不良債権処理を早く行うべきだという主張が米国政府とそれを所有する米国企業によってなされ、小泉首相は従順な植民地の総督よろしく、竹中大臣をはじめとする「米国を向いた人々」を任命してプロジェクトが進行している。

 先日、読者という年配の方から会社に電話があり、私のコラムに次のような質問をいただいた。

 「竹中大臣が不良債権処理を通して、例えば米国系投資銀行などに日本の銀行をバーゲンセールしようとしているというのは、とても考えられないことなのですが、本当なのでしょうか」

米国を向いた人々

 私は個人的に竹中氏を知らないし、ハゲタカファンドをもうけさせるためにことを進めようとしているという裏情報を握っているのでもない。ただし「経済学博士」である竹中氏であれば、たとえそれが彼の意図したものでないにせよ、いまここで不良債権処理を急げば、それが米国の投資家を喜ばせることになるということを十分理解しての行動だということは確信している。

 なぜ、不良債権と呼ばれるものがここまで膨れ上がったのか。最大の原因は日本政府がとってきた金融政策にある。かつて日本の銀行が政府の厳しい規制のもとで運営されていたころ、日本人は一世帯で年収の平均二割近くを銀行に貯蓄し、銀行はその預金に対して高金利を支払っていた。

 高金利を払えたのは一般企業への融資から、預金金利より幾分高い利子を引き出していたからである。借り手は、借りたいときにはほとんどいつでも融資を受けられると同時に、銀行に払う利子のほとんどは、預金金利としてその企業や企業で働く社員、つまり一般の日本人労働者に還元されるという循環になっていた。

 この循環に亀裂が入ったのは一九八五年ごろ、米国政府が、日本企業が海外で資金調達できるようにと、金融の規制緩和を日本政府に迫ったことだった。

 こうして得意先を失った日本の銀行は、新たな融資先を見つける必要が生じ、これまで付き合いが薄かった土地や株などで投機を行う人々に融資をし始めたのである。それと同時に、子会社を設立するなどして自らも投機を行う銀行が増えていった。

日本マネーの流出

 その結果もたらされたのが八〇年代後半のバブルである。しかし、バブルの崩壊で銀行がその投機により一方的に大損害を被ったというわけではない。というのも九七年ごろまで、銀行の日本国内の貸出残高にさしたる減少は見られなかった。またそのころまでは、企業倒産や失業率などの急増もなかった。

 日本経済が急速に悪化し始めたのはその後である。九七年に消費税を5%に増税したことと、九八年に金融ビッグバンを施行したことが原因であり、倒産、失業、自殺者数が急増し始めたのもこの時期なのである。

 金融ビッグバンとは、日本の銀行に預けられた預金を日本経済に還元することを義務付けた規制を取り払うものだった。こうして日本人の預金は海外での投機や融資に回され、国内の融資額は大幅に減少し始めた。

 九八年四月に五百十六兆円だった銀行の貸出残高は、今年十月には四百十七兆円にまで減少している。また同じころから、日本政府は公定歩合をゼロ近くに引き下げ、金利が大幅に引き下げられて銀行が日本企業に融資しても、大した利益を上げられない状況がつくられた。

 私は、橋本内閣が金融ビッグバンを施行する前から、それが日本経済にもたらす壊滅的な結果を予測してきた。今はそれが現実になったにすぎない。しかし日本の金庫を開け放したら、そこに世界からお金が入ってくるのか、それとも世界一の貯蓄率を誇る日本国民の預金が、米国をはじめとする海外へ流出するのかは経済学博士でなくても容易に想像はついたはずである。

「竹中改革」ノー

 銀行への税金投入についていえば、私はいかなる企業でも、その企業に資金を提供している人が所有者になるべきだと思う。例えば七百五十億円の資金を持つ企業がさらにあと二百五十億円必要だとすれば、その会社は二百五十億円を調達するために、会社の株式(所有権)の25%を担保に二百五十億円を借り、返せなければ貸し手に25%の所有権がわたる。たとえ貸し手が公的機関でも、資金を提供したならば同じ条件が適用されるべきである。

 しかし、いま日本の銀行をこの条件に当てはめること、つまり「国有化」することに賛成できないのは、政府や竹中大臣が米国のハゲタカファンドの秘密の代理人ではないかという心配をぬぐい去ることができないからだ。日本政府や官僚が、誠実に日本企業や国民、日本社会のことを考えた行動をとると分かっていれば国有化に賛成である。

 しかし、竹中大臣が平成を象徴する人物、つまり、儒教や武士道といった日本の伝統的な価値観に基づいた教育を受けることも、それらを信奉することもなく、米国の価値観がすべてであると信じていること、さらに悪いことには、米国の価値観が何であるかを学ぶことも理解することもなく、ただ模倣し、従っているにすぎないからである。

 だからこそ、竹中大臣率いるプロジェクトチームが行う改革が、日本で暮らす人々にとって絶対によい結果をもたらすことはないと私は断言することができるのである。