No.588 イラク市場狙う多国籍企業

 前回、世界各地で民営化された水道事業がどのような状況に陥っているかを取り上げたが、政府に民営化を働きかける勢力が多国籍企業である。多国籍企業とは、親会社は一国に存在するが世界の国々を市場にビジネスをおこなう企業とここでは定義する。その多国籍企業にとって有望な市場がイラクである。

イラク市場狙う多国籍企業

 1991年の湾岸戦争から長期にわたる経済制裁、そしてイラク攻撃と、12年間にわたってアメリカはイラクを破壊した。そのイラクの再建が、いま多国籍企業の手に委ねられた。アメリカがイラクを攻撃したのは石油のためだけではなかった。イラクの道路、水道、空港、港湾、電話その他インフラの再建、つまりイラクを民主化するという過程での再建ビジネスによって、多国籍企業は巨額の利益を得ることができる。新しく作られる上下水道はいずれ民営化され、イラクの貧しい人々を犠牲にして利益のために運営されるようになるのであろう。

 この4月、米国際開発局(USAID)はイラクの水道、電気、道路などの1年半に及ぶインフラ復旧事業をアメリカのベクテル社に発注した。総額6億8千万ドル(約816億円)という契約である。戦争そのものの正当性はさておき、イラク復興はその事業を受注する企業と国にとって大きなビジネスとなる。そう考えると、税収減によって悪化する日本の財政状況にもかかわらず国際競争力を理由に法人税率の大規模減税を求める日本経団連の会長が、この復興費については、臨時法人税などの形で日本企業が負担するべきだと発言しているのも納得がいく。

 12年前の湾岸戦争から経済封鎖、そして今回の攻撃、復興事業という一連の流れをみると、すべての意思決定はアメリカの指導者たちによって秘密裏におこなわれてきた。そして納税者の負担でイラク人やイラクの国土を犠牲にして、利益を刈り取るのは多国籍企業という構図ができあがった。USAIDのプレスリリースによれば、ベクテル社が受注したイラク再建には発電所や上下水道、病院や学校、政府建物などの修復も含まれるかもしれないという。その入札は国連も同盟国もまったく参加しない内輪のものであったために、なぜベクテル社が受注したかは知る由もない。

 世界の国々で水道、ダム、原子力発電、石油パイプラインその他政府の巨大プロジェクトに参加しているベクテル社はベクテル一家が支配し、非上場会社であるために同社の株は非公開に取引され、財務状況の公開義務もない。これは、たとえばプロジェクトが失敗してもそれを隠しておくことができ、現在も将来の顧客もそれを知ることはできないということを意味する。ベクテル社の役員には引退した米国防総省の高官や外交官、政治家が名を連ねる。父ブッシュの時の国務長官で、現在イラク解放委員会という民間組織の会長を務めるジュージ・シュルツはベクテル社の社長も務め、今も役員である。

 80年代初め国務長官だったシュルツは、イラクにヨルダンを通って紅海へ行くパイプラインの構築を提案した。当時イラクとイランは戦争中でアメリカはイラクがイランに化学兵器を使っていることを知っていた。化学兵器を作るための薬品は、イラクがアメリカから購入したものだった。1985年12月、イラクはパイプラインの提案を拒否し、イラクとアメリカの関係が悪化した。イラン・イラク戦争が終わった1988年、アメリカはクウェートに石油を増産させ、原油価格を下落させてイラク経済を崩壊させた。そしてイラクに対しておこなっていた融資の返済を求めた。1990年春、イラクで石油プラントのプロジェクトにかかわっていたベクテル社がイラクから撤退する。同年8月、イラクはクウェートを侵攻した。それから13年後、再びベクテル社はイラクに戻ってきた。これがベクテル社とイラクの関係である。

 このような歴史を持つベクテル社がおこなうイラクの再建がうまくいくはずはない。イラクの再建に必要なのは、イラクの文化や社会を尊重した、民主的な参画にもとづく開発モデルである。イラクの将来を決めるのはアメリカではなくイラク人でなければならないし、痛めつけられ崩壊したイラクを再建するにはビジネスの利権を拡大するしか興味がない多国籍企業ではなく、国連機関のネットワークを通じてイラク人とともに非政府組織によって資本や支援を運営管理し、公正な方法によって維持可能な、経済を構築するべきである。

 チグリス、ユーフラテス川流域は古代文明の発祥地であり、6千年前にシュメール人はここに繁栄した文明を築いた。悠久の歴史を持つイラクに湾岸戦争前には世界各国から観光客が訪れた。二大河川が豊かな水をイラクにもたらして肥沃な土地を作り、イラク人の暮らしを支えてきた。イラクに足りないのは資本であり、自分の国を立て直す知識も能力も彼らは持っている。イラク国民を無視した再建が成功するはずはない。