外国人労働者の受け入れに関する議論が活発化している。政府だけでなく日本のメディアがこの外国人労働者受け入れ問題をどのように報道し、読者へ伝えているかを調べてみると、やはりここにも強く日本経団連の後押しがあることがわかる。
外国人雇用促進は問題
今年初めの講演で経団連会長は、高齢化の進展により負担増が避けられなくなるため、全世代が公平に負担していくため消費税を来年から毎年1%ずつ増税することを解決策として提言した上で、労働者人口が減少するので女性や高齢者、さらには「外国人」を活用していけば消費税率を10%にとどめることができると述べた。8月には外国人労働者の受け入れ促進策に関する提言を行う方針を明らかにし、外国人が日本で働きやすい環境を作るために現行制度の改正を日本政府に求めるという。
日本は経団連が主張するように、外国からの大量の移民を受け入れるべきなのか。これは国民に大きな影響を及ぼす重要な問題である。国立社会保障・人口問題研究所の推計人口データによれば、生産年齢人口とよばれる15歳から64歳の人口は2000年の8638万人から2030年には7000万人へ減少、2050年には5389万人になるという。この数字をもとに政治家や財界、メディアは消費税率アップは避けられない、それが嫌なら外国人労働者を、というプロパガンダを推進している。
日本社会が構造的に変化しているのは確かである。しかし日本には今340万人を超す失業者がいる。完全失業率は5.3%だが潜在的な失業者はさらにそれを上回る。そのような状態でありながら、なぜそこに外国人労働者を加える必要があるのだろう。また、高齢化とは、乳幼児死亡率の激減に加え、食生活、医療、衛生状態などの向上で人々がより長く、元気に生きることが可能になった結果だ。つまりいままでよりも人間が生産的に働ける時代も延びたことである。総務省の高齢者就業状況統計では、65歳以上の男性の中で労働力人口に含まれるのは70歳未満で2人に1人、70歳以上で4人に1人である(2001年)。
加えて、労働者一人あたりの生産性は加速度的に増加しているのだから、今後必要な労働者の数はますます少なくなる。機械やコンピュータ、その他さまざまな技術革新によって少ない労働者でより多くの生産が可能になるからだ。日本で失業者が増えているのは、労働者一人あたりの生産性が、仕事を求める人の数よりも早く増えているからである。しかし人間は仕事をしなければ生きていく糧を手にいれることができない。つまり日本、そしておそらくすべての先進国が取り組まねばならない課題は、少ない働き手で大量の生産が可能になった時代に、いかに多くの人々に仕事を提供していくかということなのである。
通商白書は全労働者に占める外国人労働者の割合(1999年)は、日本は0.2%だが、アメリカ11.7%、ドイツ8.8%に達していることを示して日本の外国人労働者数の少なさを指摘するがこれもばかげている。日本とドイツ、またはアメリカとの人口密度を比べてみるといい。日本の人口密度はOECD諸国平均の11倍もある。1872年には3481万人しかなかった人口が、2000年には1億2693万人にも膨れ上がったからである。
経団連会長は、外国人労働者に日本の社会福祉制度を維持するための費用を分担させるというが、彼らの所得や消費に課税することで社会保障費を負担させれば、彼らはいずれ自分の国に帰るか、税負担の低い国に移住してしまうだろう。また、増加する社会保障費をカバーするために消費税増税しかないというのであれば、増大する不良債権処理には銀行への増税、軍事予算増加には自衛隊員への増税という理屈になるはずだ。日本政府が国民の安寧を考えるのであれば、寿命が延びたことは喜ぶべきことであり、減少する仕事をより多くの国民でシェアできるような雇用対策に向けた議論をすべきだろう。
ではなぜ経団連が外国人労働者を増やしたいのかといえば、答えは明らかである。それが自分たちの企業の利益増になるからだ。企業の最大のコストは人件費であり、利益を増やす近道は人件費の削減である。これまで生産拠点を人件費の安い海外に移転してきたが、次は、安い外国人労働者を輸入して今まで日本人が行っていた流通や事務など、日本国内でなければできない仕事をさせよう、ひいては日本人労働者全体の人件費を下げていこうというのであろう。
経団連は「移民受け入れを通して日本経済を活性化させる」と提唱しているが、たしかに短期的には経団連加盟企業の利益は増えるかもしれないが、長期的には労働によって所得を得るほとんどの日本人世帯が雇用機会や所得を奪われ、結果的に日本経済の貧困化につながる。しかし多国籍企業として世界を市場とみる彼らにとって、日本経済は重要ではないのかもしれない。