No.595 経営者と巨額報酬

 毎年ビジネスウィーク誌に企業経営者の報酬についての記事が掲載されるが、1980年に平均的労働者の42倍だった経営者(CEO)の報酬が、今年はなんと500倍にもなったという。そんなおり、さらに驚くべき記事を見つけたのでこれについて書いてみたい。

経営者と巨額報酬

 ニューヨーク証券取引所会長兼CEOのリチャード・グラッソ氏の公開された報酬が、繰り延べていた退職金や積立金など総計1億3950万ドル(約162億円)だというのである。57歳になるグラッソ氏はこれまで報酬の一部の受け取りを先延ばししていたが、会長任期2年延長に伴い支払われたという。

 グラッソ氏は同取引所に36年勤めているというが、この162億円という金額はいったい何を基準に、どのような業績に対して支払われたのであろう。これとは別に給料として年間140万ドルと、最低100万ドルのボーナスも支払われている。

 アメリカ企業のCEOたちがお手盛りで報酬を上げていることは以前にも取り上げたが、ここまで大胆に公開されるとアメリカを称賛する平成日本人はこれこそ透明性のよいところだというかもしれない。日本の経済紙はよく、日本人社長にはゴルフ会員権、お抱え運転手に接待と裏の報酬があるとしても給料が安過ぎるとし、それがトップのやる気を削ぐと嘆く記事を書く。

 企業とは経営トップの能力次第で大きく変わり、そのトップに高額の報酬が与えられるのは当然だ、という理由からだ。私が言っているような「企業の価値を高めるのは社員全員の努力」という考え方は誤りで悪平等であるという。そしてそんな経済紙の提案はきまってアメリカ並みの報酬を日本企業の経営者も得られるようにすべきだというものだ。

 アメリカで企業の株価が上がるのは、その企業が従業員の削減を発表したときだということはもう多くの人が気づいていることだろう。そしてアメリカの経営者は、製造や運営拠点、つまり雇用を、労働者の賃金が安く、環境や人権問題も厳しくないアメリカ国外へ移転するという選択肢をとることを迫られている。

 つまり国や地域社会、そこに住む人々にとってプラスにならない決断をすることで経営者は称賛され、巨額の報酬を得ているのである。

 ボストンの「United for Fair Economy」とワシントンの「Institute for Policy Studies」が行った調査はそれを裏付けている。
 2001年から2002年のアメリカのCEOの報酬の上昇率は6%だったが、2001年に最も多くの従業員をレイオフした50社のCEOは44%も上昇した。金額にするとアメリカ企業365社のCEOの報酬は平均370万ドルだったが、2001年にアメリカ人労働者を最も多く解雇したCEO、50人の平均は510万ドルであった。

 このままいけば一握りの金持ちCEOと数多くの職に就けない人々しかアメリカにはいなくなる。ウイナー・テイク・オール、一人勝ち社会のこの方法は、日本が決して取り入れてはならない経営手法だと以前にも書いたが、アメリカのCEOの報酬に関するばかげた数字を見るたびにその思いを強くする。しかし現状をみると、金持ちがどこまで貪欲になれるのかと嘆かずにはいられない。

 経済活動を行う企業の市場が地元から遠くの町へ、そして国家から世界規模になるにつれて、経営者の意思決定ひとつで大きな利益が会社にもたらされるようになった。そして、アメリカでは経営者を野球かサッカー選手のように外からスカウトするために、より多くの報酬でひきつける必要がある。

 しかし、規模は小さいながらも一経営者の私からいわせてもらえば、経営者に必ずしも巨額の報酬が必要だとはいえない。もともと長時間、一生懸命働く人間だけが企業経営という責任を負えるのだ。アメリカの場合、安い報酬で懸命に働き業績を伸ばしている経営者がいれば、それ以上の報酬を提供する企業が現れてしまう。しかしそうであれば、高度成長期の日本がそうであったように、経済の効率性と社会の公正さのために高額所得に累進的に課税していけば問題は解決できる。

 アメリカの経済誌9月号に、米国を除く世界上位50社のCEOの報酬番付が掲載された。日本は役員報酬を情報開示していないために推計であるとしながらも、日本企業のトップは23位に入った日産自動車のゴーン氏だった(推定報酬233万ドル)。この記事も私を暗くさせた。

 ゴーン氏は日産の2兆1000億円あった有利子負債をゼロにし、売上を回復させた。平成日本人はそれを称賛し、ある大学は名誉博士号を授与したという。しかし日産は日本で最高の利益を上げた企業ではないし、2万人を超す従業員をリストラし、工場を閉鎖し、部品メーカーを半減させた。そのCEOが日本一の報酬を手にしたことは、日本がアメリカ化していることを如実に示す証拠の一つであろう。

 (これを書いた翌日の9月17日、グラッソ会長が辞表を提出、受理されたというニュースがあった。)