No.624 中東の針路は米が握る

 3月22日、イスラム抵抗運動(ハマス)の精神的指導者アハメド・ヤシン師がイスラエル軍のミサイル攻撃で殺害された。小泉首相はそれに対して「お互い自制心を持って平和的解決に向けて努力していただきたい」というコメントをしたという。そのコメントに対し虚しさを感じた数日後、パレスチナの14歳の少年が2400円で自爆テロを請け負い、爆弾を身に付けてイスラエル軍の検問所で捕まったという記事が掲載された。それはイスラエル首相府当局者の「過激派が子供を使ってテロを広げようとしている」という言葉を引用してパレスチナ側を批判する報道だった。

中東の針路は米が握る

 私はユダヤ人に恨みはないし、またパレスチナ人の味方をするつもりもない。しかし中東の歴史を読むほど、そしてイスラエルの行為は自衛で、パレスチナの行動を「過激なテロ行為」だとする報道をみるにつけ、パレスチナ側に肩入れしたくなる気持ちを抑えることができない。

 今回のヤシン師暗殺について、イスラエル人の平和活動家ウリ・アブネリ氏は“イスラエル・パレスチナ紛争の新たな章の始まりであり、この紛争を解決可能な民族紛争のレベルから、解決不能な宗教紛争のレベルに移行させるものだ”と述べている。日本から地理的にも文化的にも遠いイスラエルはイエス・キリストが張り付けにされた「ゴルゴダの丘」と、ユダヤ人の神殿跡「嘆きの壁」、そしてイスラム教の「岩のドーム」という三つの宗教の聖地がエルサレムにあり、第一次大戦以前はパレスチナのキリスト教徒、イスラム教徒、そしてユダヤ人が調和の中で共存していた。産業革命後、オスマン帝国が支配していたパレスチナを、天然資源を求めてヨーロッパの列強が注目した。

 第一次世界大戦後パレスチナはイギリスの支配下に置かれた。その居住者のほとんどはアラブ人で、ユダヤ人は1割程度にすぎなかった。初代パレスチナ高等弁務官となったハーバート・サミュエルはユダヤ人で、ユダヤ人の入植政策を積極的に推進した。少数の、しかし影響力のあるヨーロッパのユダヤ人がシオニズム(ユダヤ人のための国家建国)を政治的に利用していったのである。

 住民の大多数がアラブ人であるその土地に、ユダヤ人は1948年イスラエル建国を宣言した。西岸とガザ地区はパレスチナ人国家に属することとなったが、イスラエルは次々とその地域内の土地を奪い、数多くの「入植地」を作っていった。さらに入植者の安全確保と称してパレスチナ人が住む土地を取り囲む「隔離壁」を建設した。しかしこれはパレスチナ人を狭い中州に隔離し、自由を制限して困窮させ餓死させるか、またはその地から追い出すためのしろものだった。

 イスラエルにこれだけ強い力を持たせたのがアメリカであることはいうまでもない。直接支援として年間30億ドルもの軍事援助が提供され、ガザ地区を空爆した最新鋭攻撃機はアメリカの供与によるものである。「大量破壊兵器」の脅威をあおってイラク攻撃を開始したアメリカだが、イスラエルこそどこよりも多くの大量破壊兵器(核兵器を含む)を保有している。そしてもちろん核不拡散協定、核実験禁止条約、そして大量破壊兵器について取り決められたいかなる条約にも署名していない。

 子供の頃、私は母国アメリカでサンタクロースやイースターバニーがいると教えられた。それから推定無罪という、有罪だと証明されるまで無罪だとして扱わなければいけないという教え、それから暗殺は個人であろうと国家であろうと忌まわしい犯罪であると教えられた。小学生になると私はサンタクロースもイースターバニーも本当はいないということを知った。最近になって、私が信じていたその他のこともファンタジーに過ぎなかったということがわかってきた。アメリカの価値観だと信じていた推定無罪は、先制攻撃という言葉に取って代わったし、暗殺は普通のことで政府の日常的な手段であるらしい。アメリカ政府がとっている行動はそれらを公に承認している。

 結局、アメリカの価値観で最も重要なのは「力こそ正義なり」であり、それは世界一の軍事力を持つアメリカがすべてのルールを決めるということなのだ。したがってアメリカが選んだ国にはあらゆることが許され、残りの国や民族はその成り行きに甘んじなければならない、ということだ。

 歴史を振り返れば、イスラム教の精神的指導者の暗殺がパレスチナ人をどのような行動に出させるか、イスラエルは明確に理解している。そしてその結果を利用して、つまり暴力と混乱と流血を悪化させることでさらに多くのパレスチナ人を殺害し、パレスチナの地から消滅させるくらいの“大きな戦争”を起こすことが、イスラエルの、シャロン首相の目的なのであろう。中東の歴史を学べば、小泉首相の出したコメントの虚しさをあなたも感じるはずだ。