No.629 人質批判は”的外れ”

朝日新聞社がイラク人質事件について行った緊急世論調査によると、政府の対応を六割が評価し、犯人側からの自衛隊撤退の要求に応じなかった姿勢には73%が「正しかった」と受け止め、この人質事件で「テロに屈しない」として武装勢力の要求を拒んだ政府を自民支持層の八割近くが「評価する」としたという。この電話調査は無作為三段抽出で、有効回答数は820件という。とても日本国民の意識を反映したものではないと思う一方で、日本の主流メディアのイラク報道がこのような数字に反映されるのだということをあらためて感じる。

人質批判は的外れ”

 かたやアメリカでは、CBSテレビとニューヨークタイムズ紙が約千人を対象に行った共同世論調査で「イラク戦争は正しかった」とする米国民は47%と戦争が始まった昨年3月以降最低となり、また次期大統領候補の支持率ではブッシュ大統領は44%で、民主党のケリー上院議員(46%)を下回る結果となった。アメリカでイラク戦争、そしてブッシュ大統領への支持率が低下しているにもかかわらず、その政策を追従する日本で先のような調査結果が出ることは日本のメディアが日本政府の望む通りの報道をすることで、政府の思い通りの世論形成がなされていることを示すよい例ではないかと思う。特にイラクで人質になった人々に対して日本政府が取った態度やさまざまな報道については驚きを通り越して、私は恐怖すら覚えた。

 柏村武昭参議院議員は、人質にされた人たちに対し「自衛隊イラク派遣に公然と反対していた人もいるらしい。仮にそうなら、そんな反政府、反日的分子のために血税を用いるのは強烈な不快感を持たざるを得ない」と発言したという。この言葉は20世紀前半に日本を悲惨な方向へ導いた極右のファシストを彷彿させる。軍国主義に走った日本は300万人の命を犠牲にし、敗戦によって主権を失い、それ以来、日本国民の税金を使って米軍を駐留させ、米兵が強盗致傷をはたらいても執行猶予となる国になってしまった。

 しかし、当時のファシスト政権と今の自民党政権には大きな違いがある。それは自分たちの目的に突き進んでいった当時と違い、今の政府はアメリカ政府の言うなりの行動をとりつつそれに反対する日本国民や、または他のアジア諸国に対して尊大であるということだ。例えば日本に入港するアメリカ軍艦が核兵器を搭載しているかどうかは調べもしないのに、新潟港に入港する北朝鮮の船には立ち入り検査を行っていることがよい例だ。

 イラクで拘束された人たちは危険を承知でイラクへ行った。イラクの現状を報道し、子供たちに手を貸すために行った彼らを行くべきでなかったと私には言うことはできない。危険を承知で自分たちがすべきことの意義の大きさを彼らは考えたにちがいない。米軍が攻撃を続けるイラクのファルージャにはイギリス人女性のジャーナリストがいる。人質として拘束されたが、イギリス政府に反対していることが理解されると解放され、その後もイギリスに帰らずイラクに残ることを選んだ。

 日本人の人質に対して安倍幹事長は「反省してほしい」といい、小泉首相はイラクに残りたいと言ったことについて、「これだけの目に遭って多くの政府の人たちが自分たちの救出に寝食を忘れて努力してくれているのに、なおかつそういうこと言うんですかねえ。やはり自覚というものを持っていただきたいですね」と言ったという。

 イラクに残ったジャーナリストにイギリス政府はそのような低劣な言葉は吐いていないし、むしろ自らの信念にもとづいて行動することを許容し、自立した市民の勇気を尊重していると私は感じた。外務省が請求する3人の負担分は260万円になったというが、イギリスでは使った費用を弁済せよなどという言葉は国民からも政治家からも聞かれていない。

 日本政府の態度が世界からみても異常であることは外国の報道をみるとよく分かる。フランス紙ルモンドは「人道的価値観に駆り立てられた若者たちが日本のイメージを高めたことを誇るべきなのに、政治家や保守系メディアは逆にこきおろしている」と批判、韓国紙も「日本のように人質が謝罪する国はない。日本特有の集団主義という以外、説明できない」(東亜日報)と報じた。

 イラクを攻撃している当事国のパウエル米国務長官でさえ「危険を知りながら良い目的のためにイラクに入る市民がいることを日本人は誇りに思うべきだ。もし人質になったとしても、『危険をおかしてしまったあなたがたの過ちだ』などと言うべきではない」と述べたがまったく同感である。

 危険を知りつつイラクへ人道支援に行った彼らは称賛こそ受けてもバッシングされるべきではなく、批判されるべきは人道支援の仮面の下でイラク人を拷問し、殺害する米軍を支援するために自衛隊を派遣した日本政府だということは言うまでもないのである。”