No.630 「テロとの戦い」は欺瞞

 イラクで邦人人質事件が起きた4月、イラク中部のファルージャでは米軍の激しい攻撃によって700人を超すイラク人が殺された。その多くは女性や子供たちだった。日本のメディアがどの程度このファルージャの攻撃を報道したか分からないが、これは3月末にアメリカの民間人が殺害され、遺体が引き回されるという事件に端を発していた。殺害された民間人といっても米軍の下請けとして警備会社「ブラックウォーターUSA」から非正規戦闘要員として戦争に参加していた元特殊部隊要員であった。米軍はこの4人の遺体を引き回した市民を殺すために猛攻を展開し、日本人が誘拐されたのはその激しい戦闘の3日目だった。

「テロとの戦い」は欺瞞
 
 ファルージャは米軍がイラク占領を始めた直後から激しい反米運動が起きた地である。米軍はその市街地を有刺鉄線で囲んで道路には検問所を作り、市民の出入りを規制した。日本のメディアが人質事件ばかりを報道しているとき、アラブ諸国向けの衛星テレビ局「アルジャジーラ」のホームページには米軍に虐殺されたイラクの子供たちの写真が数多く掲載された。

 アメリカのイラク攻撃が始まってから、日本のほとんどの主流メディアは圧倒的に占領軍側、つまりアメリカが流す情報をそのまま報じてきた。日本人の多くが自衛隊の派兵に反対しないのも情報操作という点で報道が成功しているからであろう。小泉首相が「自衛隊はイラクで人道復興支援をしている」と繰り返し、あたかもサマワで給水活動に専念しているかのような報道を続ければそれも無理はない。

 しかしいくら日本政府が事実をねじまげようと、イラクのアルグレイブ刑務所における拷問写真が広く流布されたことによって米軍がイラクで行っていることを隠し通すことはできなくなったように、真実はいつまでも隠し通せはしないだろう。米軍はファルージャはじめイラク各地で「抑圧されたイラク人に希望をもたらす」と言いながら殺りくを行い、それを「自由と民主主義のためのテロとの戦い」と呼んできた。

 アルグレイブ刑務所で、人間性を疑う残虐で異常な行為を嬉々として行う兵士たちの写真の多くは、アメリカ兵たちがデジタルカメラで撮影し、電子メールで送信していたものだった。アメリカ政府が一部の兵士のせいにしようとしたところで、これまでの米軍の記録を見ればそれが末端の兵士による行為ではなく、組織的なものであることは米ニューヨーカー誌が掲載した報告書を読むまでもない。拘束者を裸にして殴打や性的暴行といったサディスティックで露骨な犯罪的拷問をすることは、アメリカ情報機関の尋問のやり方なのである。

 泥沼化するイラク戦争は、ますますベトナム戦争とだぶって見える。ファルージャでの虐殺やアルグレイブ刑務所での拷問で思い出すのは、ベトナム戦争におけるソンミ村の大虐殺だ。1968年3月16日、ソンミ村のミライ地区で504人のベトナム人が米軍によって虐殺され、大部分は老人と女性と子供で、女性は強姦や乱暴されてから殺された。ベトナム戦争ではインターネットで情報や写真が一夜にして世界を駆け巡ることはなかったが、イラク戦争ではインターネットに加えて、政府の勧告にもかかわらずイラクに行っている、日本の政治家が「反日的分子」と呼ぶジャーナリストたちも私たちに真実を知らせてくれている。

 先日、ブッシュ大統領は駐イラク米大使にネグロポンテ氏を指名することを明らかにし、ブッシュはその指名理由を「極めて豊富な経験と技量を兼ね備えた人物だ」と述べたが、豊富な経験というのはおそらくネグロポンテ氏が1964年から1968年、米軍が多くのベトナム人を殺害した、ベトナム戦争が最も激しかった時の駐ベトナム大使であった経験をさすのだろう。

 日本は米軍を中心とする占領軍の正規メンバーとして、自衛隊をイラクに派兵している。先月の琉球新報は、沖縄の米軍基地から約1600人の米海兵隊がイラクのファルージャに投入されたと報じていた。米軍基地への「思いやり予算」を考えると、日本国民はこうして直接、間接的に、さまざまな形でイラク戦争での米軍支援を行っている。小泉首相は「国際社会の責任を果たさなければならない」というが、国連安保理事国15カ国のうちイラクに派兵しているのは5カ国にすぎない。

 これから殺人をすると知っていて、私がその人を殺人現場まで車を運転して送り届けたら、殺人ほう助罪で有罪になるはずである。米軍を支援する自衛隊もそれと何ら変わらない。それとも小泉首相は、米軍がファルージャはじめイラク各地で、またはアルグレイブ刑務所で行ってきたことは、まったく知らなかったと言うのか。それともこれは“テロとの戦い”だから何をしても許される、と言い続けるのであろうか。