よほどのことがない限り飛行機に乗って行くことはないと決めていたアメリカを先月訪れた。娘の結婚式に出席するためだ。日本で暮らすようになって35年、人生の半分以上を日本で日本の人々に囲まれて過ごしてきた私にとって、アメリカはもはや異国であり、京都に戻った時には心からほっとした。
群抜く米の「強欲」遺伝子
私はカリフォルニア州ロングビーチで生まれたが私の苗字はもともとノルウェーの名前だという。バイキングとして海を荒らしまわった北方のノルマン人で、アングロサクソン民族のルーツでもある。アングロサクソンは資本主義を生み出した民族で、産業革命の進展とともにイギリスから世界中に広まり、いまや世界標準の経済システムとなっている。
資本主義とは基本的に金持ちのための哲学で、簡単にいえばモノを作るために必要なのはカネと土地と労働で、そこから上げた利益はまず土地を提供した地主と資本家が取った後、残りを労働者が取る。これはいかにもアングロサクソン的、つまり狩猟民族的な行動原理だと思う。農耕民族ならおそらく獲物を皆で分かちあうだろうが、狩猟民族は弱肉強食で、強い者がより多くの取り分をせしめ、また獲物を追って狩りをするように拡張政策をとり続ける。
行動をすべて遺伝子のせいにすべきではないし、遺伝子とはおそらく私たち人間の原材料のようなものに過ぎないと思う。つまりその原材料をもとに、私たちが何を選び、どんな人間になるかは、その時代や背景、場所や状況によって大きく変わっていく。逆にいうと、環境にあわせて私たちの中の最高のものか、または最低のものが引き出されるような気がする。
なぜなら私は日本で30年以上にわたり会社を経営してきたが、常に心がけてきたことは利益拡大や株主を富ませるための経営ではなく、お客様や社員のために安定した長期的な経営をすることだった。それは私にとっての環境がハーバードビジネススクールの教えや過去50年間にアメリカではやった思想を取り入れるのではなく、昭和時代に日本の「経済の奇跡」をもたらした松下幸之助や出光佐三、土光敏夫、立石一真といった経営者を手本にすることだったからである。
成長過程においてどんな人間に育つか、そして人々がどんな社会を作っていくかが、環境に大きく左右されるということを久しぶりにアメリカを訪れて強く感じたのである。
今回も病的なアメリカ人の肥満が目についた。成人の65%が「太りすぎ」で、900万人が「深刻な肥満」だという。貧しい人々がわずかな食事でやせるのはわかるが貧困層で肥満が多いのがアメリカだ。米政府も肥満を深刻な健康問題だと認識し、公的医療保険(メディケア)で病気として扱い、保険の給付対象とすることを決めたという。
この肥満という病気に侵される原因の一つはファストフード業界が資本主義システムにのっとって貧しい不健康な食事を売り込むことにあることはいうまでもない。
資本主義が進める大量生産、大量消費という環境で、もっとも刺激を受けて活発に動いてしまう遺伝子は「強欲」なのではないかと思う。そしてもっとお金やモノが欲しい、必要な量以上のものを常に手に入れたいと思わせる状況が作られる。日本もある程度は同じだが、アメリカのそれは群を抜いている。
利益を上げたいという「強欲」の点では、アメリカ最大の企業で最大数の雇用を提供しているウォルマートが象徴的である。グローバリゼーションを推進し、その製品は賃金の安い第三世界で作られ、約120万人のアメリカの従業員の平均賃金は時給8ドル強だ。つまりウォルマートの従業員は、4人家族で貧困世帯への援助制度である政府のフードスタンプを受ける資格がある。従業員には健康保険もない。
その一方でウォルマートの創業者サム・ウォルトンの5人の相続人は、それぞれ200億ドル以上(約2兆円)を所有し、資産総額は5人合わせると12兆円を超す。さらにウォルマートは従業員から差別や賃金未払いなど多くの訴訟を起こされている。
しかしこの経営こそ米政権が示すビジョン、労働者をわずかな賃金で働かせ、少数の人の手に富が集中することを奨励し、国民が健康保険に加入していないこともまったく問題ないとする姿勢なのだ。このアメリカ最大の企業のやり方は、小売業界だけでなく他の業界にも大きな影響を与えている。
これをグローバル・スタンダードとして「国際競争で打ち勝つために取り入れなければ日本は滅びる」と言う経営者がすでに日本にもいるかもしれない。しかしこの「強欲」な経営手法は国際競争とはなんの関係もない。アメリカと同じく、ただ少数の者に富を集中させ、大多数の労働者を貧しくすることに他ならないのだから。