数百人の犠牲者をだしたロシア南部の北オセチア共和国で起きた学校占拠事件では、人質を写したビデオが公開され、犠牲となった多くの子供たちの姿が映し出された。ロシア政府のチェチェン戦争と占領政策が招いたこの事件で、テロリストたちは弾圧の唯一の報復手段として自爆テロに走った。武装した犯人の中には女性もいて自分たちが受けた軍事弾圧で子供(夫)を失った復讐ともいわれている。しかしロシア政府はチェチェン独立派と交渉する余地がない考えを繰り返し、このような事件を未然に防ぐために国外のテロ組織拠点を先制攻撃する用意があると語ったという。
先進国の弱い者いじめ
私たちの目がチグリス川に向けられている間に、世界のあちこちでテロとの戦いが繰り広げられている。「テロとの戦いでは、味方につくか、敵にまわるかのどちらか一方しかない」と2001年の同時多発テロの後にブッシュ大統領が言ったこととロシアも同じ状況にある。しかし政府の言い分が100パーセント正しいということはありえない。
実際、ナイル川でもたいへんなことが起きている。アフリカのスーダン西部のダルフールでは2年前から部族紛争が起きている。私はニュース源にインターネットを利用しているために、政府が流したい情報以外も、自分が信頼するに値すると思うソースから情報を取り込んでいる。スーダンの状況を最初に知ったのは「国境なき医師団」という営利を目的としない国際的な民間援助団体のホームページだった。2003年に主要メディアで報じられなかったニュース上位10位として発表された中にそれはあった。
スーダンはアフリカ大陸の中で最大の国土を持ち、人口約3900万人でアラブ系が4割を占める。ダルフールの抗争はアラブ系遊牧民とアフリカ系農民との間で始まった。アフリカ系農民が政府の差別的な政策に反抗して暴動を起こしたのがきっかけで、政府はアラブ系の民兵組織を使いアフリカ系住民に虐殺や強奪、強姦(ごうかん)を組織的に開始したのである。これまでに1万人以上が殺され100万人以上が避難生活を送っているが、民兵組織がこの避難キャンプを包囲していて、食料の補給を断たれた避難キャンプには疫病が広まり、死者の数は50万人を超えたともいわれている。
スーダンは1956年にイギリスから独立以来、ほとんど内戦状態で比較的平和な時期は10年ほどしかない。その中でもこの虐殺はあまりにも大規模で、国境なき医師団だけでなく最近ようやく米英政府も問題を認識し始めている。こうしたニュースは日本ではあまり報道されないが、9月始めに川口外相が、来日したスーダンのイスマイル外相と会談しているが一体どのような話し合いがなされたのだろう。
スーダンに平和をもたらすためには兵士を何万人送っても解決しないと私は思う。抗争の原因は資源をめぐることが多く、スーダン南部で過去20年間に起きた200万人が殺され100万人を超える難民が隣国へ流入した抗争は、石油採掘の邪魔になる人々を政府が移動させようとしたことが発端だった。これは現在和平交渉中だが、ダルフールの抗争はそれを遅らせるかもしれない。
このようなスーダンのために先進国がすべきことは多国籍企業が石油をはじめ天然資源の搾取を止めることだ。そして武装解除および和解交渉に合意したら債務を帳消しにすると約束するのである。スーダンが抱える債務は200億ドルと、同国のGDPを大幅に上回る。この債務は先進国政府やIMF、世界銀行などから開発援助としてスーダン政府が借り、利子が膨らんで返済できず不良債権化しているものがほとんどだ。借金帳消しなどとんでもないというなら、日本では会社再建のために債権放棄をさせた大企業がいくつもあるではないか。貧しいスーダンにそれを当てはめられないはずはない。そしてスーダンを始め世界中の戦争で使われている武器の供給を止めるのだ。
アフリカの内乱と聞くと遠くの大陸での出来事だと心を閉ざすことは簡単だが、グローバリゼーションによって日本人の預金が金融機関と世界銀行を経由してスーダンに貸し出されていることを考えると、日本に関係がないと思うのは早計だ。もちろん今私が挙げたことを実行することは容易でない。石油、金融、兵器といった業界は世界でももっとも強い権力を持ち、兵器業界は日本政府に輸出再開の圧力をかけている。生命よりもお金を大切に思う人々は私の提案を一蹴するだろう。しかし先進国が一方的に弱い者いじめをする構図を改めなければ、いずれ先進国にはね返ってくる。それは必ずテロとの戦いという名で行われ、犠牲となるのは、北オセチア共和国の学校占拠事件と同じく一般市民となることはまちがいない。