No.654 平和のための戦争などない

ブッシュ大統領を批判して話題をよんだマイケル・ムーア監督の映画「華氏911」がイランでも上映されたという。イランといえばブッシュ大統領がイラク、北朝鮮とならんで「悪の枢軸」と名指しした国であり、そのような映画が公開されたことは、イランの核兵器開発に対して圧力を強める米政府に対する当て付けだともいわれている。しかしイラン国民にとればブッシュ政権のやり方はどう考えても納得のいくものではなく、全編ノーカットで上映されたブッシュ大統領批判の映画に拍手を送ったであろうことは想像に難くない。

平和のための戦争などない

 ブッシュ政権はこれまでも「イランに核兵器開発をさせてはいけない」ということを主張しつづけ、イランは1年以内に核兵器を製造するのに十分なウラン濃縮が出来るとして、アメリカが繰り広げる「テロとの戦い」「大量破壊兵器の拡散阻止」のためにイランに核兵器を持たせないことがアメリカの安全保障につながるというイメージを作ろうとしてきた。これに対してハタミ・イラン大統領は記者会見で「(平和目的の)核開発は継続するが核兵器の製造は行わないと保証する」と発言している。このやりとりはイラク攻撃前のアメリカとイラクを思い出させる。

 また、アメリカが「悪の枢軸」と名指ししたもう一つの国、北朝鮮は、九月の国連総会で外務次官が演説し、「北朝鮮の核問題は、米国が北朝鮮に根深い敵視政策を続けてきた結果であり、その状況において核抑止力はアメリカからの核脅威に対して主権や安全を守る正当な自衛手段」と述べている。

 核兵器は第二次大戦中、アメリカが先行して原爆の開発に成功し、広島、長崎において使用した。その後、冷戦時代にアメリカとソ連が核兵器の保有で競争し、1991年から戦略兵器削減条約による核兵器の削減が進んだが、それにストップをかけたのが2001年に就任したブッシュ大統領だった。

 アメリカが悪の枢軸国とよんだイラクについては、大量破壊兵器を保有するイラクの脅威に対して、アメリカが先制攻撃を行った事実をいまさら持ち出すまでもないが、これがアメリカと、アメリカが「悪の枢軸国」とよぶ国の現実なのである。世界の平和にとって、仮定の話ではなく現実問題として、アメリカはもっとも多くの人命を殺傷し、脅威となっており、その保有する核兵器の数においても、使った記録をみてもアメリカに並ぶ国はない。

 現在、核を保有する国はアメリカのほか、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、そしてイスラエルであるが、これらの国が核を保有したうらには「核の抑止力」という思想があった。敵が核兵器を使わない限り、自分たちも使わない、そして敵に核を使わせないために、つまり「平和を守る」ために、核兵器を持つ必要がある、というものだ。平和を守るためには核などないにこしたことはない。広島や長崎が示すように持っていれば使いたくなるし、アメリカが核のゴミである「劣化ウラン」を弾頭として世界のあちこちで使用していることで、核が抑止になるなど、ばかげた言い訳でしかない。

 したがって、核兵器が世界中に配備されれば使用されるチャンスはより多くなるのは当然のことだ。だからこそ、話は最初にもどるが、アメリカはイランに核兵器の開発を見合わせるよう説得しているのである。しかし、核をもっている国がそれを主張するというのは誰の目からみても偽善以外のなにものでもない。

 イランは世界の中でも、もっとも不安定な場所である中東に位置する。そして過去に何度か争いをした相手であるイラクに対してアメリカが何をしてきたかを、イランは間近に見てきたはずだ。そのイランが、「抑止力」を理由に核を保有したいと思うのは当然のことであろう。

 また中東では強大な軍事国家であるイスラエルという国があり、世界各国はイスラエルが核保有国であると認めている(英ガーディアン紙によれば、1994年、兵器産業に関する情報の世界的権威である『ジェーンズ・インテリジェンス・レビュー』は、イスラエルが200の核弾頭を所有し、世界で六番目の核能力を持っていると位置付けた)。

 イスラエルは核不拡散協定、核実験禁止条約、そして大量破壊兵器について取り決められた多くの協定内容を無視しており、さらにアメリカは核兵器開発を行う国には援助をしないという法律があるにもかかわらず、毎年30億ドルの援助をイスラエルに行っているのである。

 核を保有しつつ核拡散に取り組むこと、イスラエルへの態度と「大量破壊兵器」を理由にイラクを攻撃したこと、これらは二重基準なのだ。唯一の超大国として、アメリカがやりたい放題をしていることの一例である。核に抑止力はないし、平和のための戦争などない。日本にも核兵器の保有を支持する政治家がいるが、それは戦争によって利益を得る戦争屋の屁理屈でしかない。