日常生活においてわれわれは、人づての情報に加えて新聞や雑誌、テレビ、インターネットと、人類史上これまでにないほど多くの情報に囲まれて生きている。そしてその膨大な量の情報から、意識的または無意識に自分に都合の良いもの、または自分の目的を実現するために必要なものを選択しているといえるだろう。そういう意味で、ここで私が主張していることは、膨大な情報の海から私の直観に引っかかったデータをもとにしているため、私が選択した情報がもっとも正しいのだと押し付けるつもりはない。
吟味すべき郵政民営化
最近私が興味をもっているエネルギー資源や環境問題は、それなくしては生きていくことができないほど生活と密接なつながりを持つ。しかし問題があまりにも広範囲でかつ長期的であるために、視野に入りつつも気づかないふりをしている人が多い。ましてその解決策として現在の生活を変えることが提案されれば、変化を拒む人にとっては問題に気づかないふりをすることが一番簡単なのだ。結局、人間は変化と安定を選択しながら生きている。
私は破壊のためではなく安定や創造のための変化は必要不可欠だと思っている。しかしいかなる変化をも拒む人は少なくない。たとえば私の会社では、社員は事務所に固定のデスクが与えられていた。社長である私といえば、とうの昔に社長室もデスクも返上し、ノートパソコンと携帯電話で会議室、自宅、新幹線の中とどこでも仕事ができる自称“遊牧民”となったが、社員にこの「モバイル・オフィス」の概念を導入しようとしたとき強い抵抗を受けた。しかし定着してからは、コミュニケーションが改善されたばかりか、その他の変化も柔軟に受け入れるようになったと感じる。
国民が変化を拒んでいる現われか、日本では世界でもまれな長期政権が君臨している。その集中した権力は今まさに環境汚染と同じような問題をもたらしている。先日、フィナンシャルタイムズ紙に、早ければ2月7日にも新生銀行の株式を投資会社リップルウッド・ホールディングスが売却し、昨年の株式上場に続いてふたたび巨額の利益を手にすることになるという記事が掲載された。旧長銀を10億円で買い取ったリップルウッドがこれで手にする売却益は約2900億円とされる。
昨年2月、新生銀上場で約2200億円の売却益を得たときにも書いたが、リップルウッドが破たん企業を安く買いたたいて再上場させ利益を得ることは最初から明白だった。計画通り、旧長銀が破たんしてから公的資金を約8兆円も投入した銀行を、リップルウッドは追加投資を加えてもわずか1210億円で手に入れ、今回の売却は世界の「はげたかファンド」の取引の中でももっともハイリターンの取引となるとフィナンシャルタイムズ紙は記していた。日本の金融機関が誰も買収に手を挙げなかったとしても、日本の権力者(政治家、官僚)の協力なしには海外投資家が旧長銀を買い取ることはできなかった。日本の権力者はこうして富裕者をさらに富ます取引を行い、メディアを使って「世界の流れだからしかたがない」と国民に破壊のための変化をおしつけた。
日本政府が行おうとしている郵政民営化もまったく同じである。民営化の狙いは、巨額の郵便貯金をはげたかファンドの手にわたすことだ。政権の変化を拒む日本国民が、自分たちのまわりにあふれる情報に無関心であるために、ゆっくりと社会を破壊する変化を結果的に受け入れている。
しかし世界を見回すと、破壊的な決断をする政治家は日本だけではない。友人のカナダ人はこう嘆いた。「カナダは天然ガスをアメリカに売らなければならず、それも国内価格より高い価格で売ることもできない。これは私たちの子供や孫の資源を渡してしまうに等しいがアメリカへの供給量を制限できない。一九八九年に自由貿易協定ができてしまったからだ。この貿易協定でカナダはいくら天然ガスが減耗しようとアメリカに資源を供給し続けなければいけない。この協定は「自由」でも「貿易」でもなくカナダ国民に対する“反逆罪”だ」。
郵政民営化についても情報を精査し、政府が何のためにそれを行うのか国民は吟味すべきだろう。そうすれば、社会の安寧を破壊させてまで権力者が変えたくないものが自分たちに権力やお金が集中するシステムだということがわかるはずだ。政治家がもっとも怖れる変化は落選である。低投票率で国民を怖れなくなった政治家が、選挙資金を提供してくれる大企業や富裕層寄りの政策をとることは、意識して情報をみれば当然の帰結だと感じるが、皆さんはどう思われるだろうか。