No.676 過去から学ぶ戦争の愚かさ

本業である企業経営のほかに、頼まれて講演をすることがある。たくさんの人が集まった会場で日米問題や経済について話すとき、ほとんどといってよいほど、そこに日本の国旗が飾られることはない。そのため私は自分で日の丸を持参して主催者の人に会場にそれを掲げて良いかたずねると快く設置してくれるものの、会場から笑いがもれることが多い。しかし私は別に笑いをとるために日の丸を掲揚しているわけではない。

過去から学ぶ戦争の愚かさ

例えば百人の聴衆の前で講演会などが行われると、会場にはその国の国旗が飾られることはどちらかというと日本以外の国では普通のことである。しかしなぜか日本では国旗といえば右翼だと思われるらしい。いまや祝日に国旗を出す家はほとんどなく、家の近所でもいつもわが家くらいである。もちろん私は自分を右翼だと思っていないし、ただ単に縁あって日本という国で生活をし、仕事をして、家族とともに幸せに暮らしているということへの感謝を示したいだけだ。政府や小泉首相の政策に賛成できなくても、私がこの日本という国にお世話になっていることに対する感謝の気持ちは、国旗を掲揚するだけでは足りないほどである。

それと同時に、国家を尊重し感謝することと、自分の持っている歴史観や平和についての考えを述べることは別ものであるとも思っている。しかし私が太平洋戦争について考えを述べると、今度は「左翼」というレッテルをはられ、批判や、時には度を越えた脅迫もどきのメールが匿名で送られてくる。

たとえば3月10日は東京大空襲から60年目の記念日だったが、どれくらいの日本人がこのことを覚えていただろうか。私の知識はジョン・ダワー著「War Without Mercy」(邦題:容赦なき戦争)を始めとする米国人が書いた本からのものにすぎないが、この話題になると多くの日本人、特に戦争を経験した人々の口が重くなるのを感じる。私はいかなる戦争にも反対である。こう言えば愚かな平和主義者というようなレッテルを張られることが少なくないが、平和のための戦争などありえないし、正義のための攻撃も私は信じない。武力は何も解決しないからだ。

東京大空襲ではすでに戦闘能力を失っていた日本に対して米軍が334機のB29から焼夷弾を落とした。非戦闘員を殺害してはならないとか、大量殺りく兵器の使用禁止がハーグ条約などで明確に定められているものの、戦勝者や大国がこれを行った場合にはそのほとんどが黙認される。1939年のドイツ軍によるワルシャワ爆撃が非人道的行為だと非難され、都市爆撃を「憎むべき攻撃方法」だとウィンストン・チャーチルは言ったが、イギリス空軍は1942年に焼夷弾でハンブルクを焼き払ったし、米軍はそのころから日本の都市を火の海と化す計画を立てていた。そして研究を重ね、密集した家屋を焼き払うために特別に油脂焼夷弾を作り、風向きまでも研究して焼夷弾を投下する実験を繰り返し、3月10日にその威力を実証した。

こうして木と紙でできた家屋は焼きつくされ、約4千ヘクタールが破壊され百万人以上が家を、10万人以上が命を失った。ドイツのドレスデン爆撃を上回る大規模で多くの犠牲者を出したこの作戦を練ったのが米軍のカーチス・ルメイ少将だった。ルメイは、もし米国が負けていたら戦争犯罪者として裁かれていただろうと語ったという。

もちろんルメイが戦争犯罪者として訴えられることはなかった。それどころか、1964年、当時の佐藤内閣から勲一等旭日大綬章という勲章が与えられた。日本の自衛隊の育成に貢献したのがその理由だった。戦前の支配層が戦後も権力を維持し、これで太平洋戦争で日本が中国において行った大量殺りくという行為も、また日本の一般市民を対象とした東京大空襲も日本国民に正しく伝えられることなく封印されたような気がしたのは私だけであろうか。米国はその後も朝鮮戦争、ベトナム、湾岸戦争、イラク戦争と、民間人と戦闘員とを区別なく攻撃する手法を相変わらずとり続け、今、日本政府はルメイが基礎を作ったという自衛隊をイラク戦争に派兵している。

大空襲から60年、東京には空襲の面影はまったく残っていない。過去は過去だと人々は割り切っているのかもしれないが、戦争に関しては過去から学ぶことを忘れてはならない。国家が始める戦争で国民がどのような運命に巻き込まれるのかを知らなければいけない。過去を知れば誰も戦争を始めようとは言わなくなる。戦争がなんであるかを知れば、どんな愛国心の炎にあおられても二度と日本が帝国を目指すことはないだろう。平和の象徴であれば、日の丸が目の敵にされることもないはずだ。