既存のメディア大手に、インターネットとメディアを融合させた新事業の展開で業務提携をよびかけるというふれこみで始まったラジオ局の株式争奪戦が大きな話題となっている。メディアのあり方についてはいろいろ思うところがあるが、今回の株式争奪戦については、なぜ何時間もかけて新聞やテレビが報道し、あたかも大きな社会問題であるかのように扱うのかわからないというのが本音である。
数字を悪用し情報操作
企業の株を買うのは競馬の馬券を買うのと変わらない。つまり一般の人が株を買うのは、ほとんどが企業の成長や将来のための投資というより、目的は金もうけ、つまりギャンブルである。会社はギャンブラーのために運営すべきではなく、会社で働く社員や会社のサービスや商品の提供を受ける顧客のためのものだというのは、私が会社経営を始めてから一貫して持っているポリシーである。しかし、テレビ番組でこの発言をした翌日、私の会社宛てに、株主を軽視する者が経営する会社の製品は二度と買わないというメールが送られてきた。そう信じている人に私の方針を押し付けるつもりはないし、脅しで信念を変えるつもりもない。事業経営は資本家中心になされるべきというアングロサクソン流のやり方が安定した人間社会をもたらすのであれば、今の米国はもっとすばらしい社会になっていたはずである。
米国は企業経営だけでなく国家運営も資本家中心だ。ブッシュ大統領はソーシャル・セキュリティ、つまり公的年金にもそれを取り入れようとしている。公的年金の破たんを回避するために、引退した世代の年金を現役の就労者が負担するという、今の賦課方式を縮小し、個人が自分の年金を積み立てるようにしようというものだ。社会保障関連の支出が膨らみ、GDP比率が現在の8%から2030年には13%に拡大し財政赤字が持続不可能な水準に達するため、現役の就労者が給与所得から払う社会保険料の一部を各自が個人勘定で株式運用できるようにするという。
株式売買には手数料や税金、さらにはインフレを考慮する必要があり、株価がものすごく上がらない限り個人が株で年金を増やすことは不可能だし、大きく勝つためには大きくもうけなければならないのもギャンブルと同じだ。このような公的年金改革では低賃金労働者には何も残らず、かつ年金も減額されるのは確実だ。ブッシュ大統領が行おうとしている改革はウォール街の仲間たちをもうけさせるだけなのだ。
まず、社会保障費の支出がGDP比率で2030年に13%に拡大という数字はまったく根拠がない。しかし政府が改革を行うとき、いつもこのような予測が使われる。日本も同じ手で消費税増税をすすめようとしている。“厚生労働省の試算によれば”、基礎年金の国庫負担割合が二分の一まで増えると仮定した場合、社会保障給付費は今後20年間に176兆円に倍増、社会保障給付に必要な国と地方自治体の公費負担額は現在の26兆円から64兆円となる、というものだ。2005年度の税収は44兆円しかなく3月末現在の国債発行残高は483兆円。だから、日本経団連と経済同友会は消費税を20%まで段階的増税することを支持する、となる。日米政府はともに、公的年金の破たんを予測するときは低成長の数字を使い、だからこの改革をしないとならないのだ、と国民を脅す。
先日、知人がいい本を教えてくれた。“200% of Nothing”(日本語訳“眠れぬ夜のグーゴル”)という、カナダの数学者デュードニーが書いた本である。これを読むと数学を意図的に誤用、つまり悪用することでいかに私たちがゆがんだ情報を与えられているかがわかる。政治家や政府官僚はもっとも初歩的なやり方で数字やロジックを悪用し、単純に自分たちの目的にあわせて数字を操作したり、あいまいな方法を使ってひどい経済動向の例を用い、国民が受け入れがたい、しかしそれを受け入れなければたいへんなことになる、として政策を押し付けているというのである。
今、日本で消費税を20%に増税したら一体どうなるのか。日本の景気は3%の消費税を5%に増税して一層悪化したが、国家税収が減少したのはこの景気後退が一因だ。そして八八年には最高42%だった法人税は30%に、個人所得税も最高60%が37%に引き下げられたことにも起因している。しかし政府はこれらはさわらずに、消費税だけをさらに上げようとしている。
このことをテレビや大新聞が論じることはない。もしインターネットとメディアを融合させた新事業で既存のメディア報道に風穴をあけ、こういった情報が一般に国民に広まるようになればそれも悪くない。しかしもちろん、米国の資本家が新事業の後ろに控えていればまた別の情報操作が始まることは覚悟しておくべきだろう。