環境やエネルギー問題に興味を持つようになって思うのは、ほとんどの人は環境や地球を破壊しようと思っているわけではなく、常識的な範囲で生活をしているということだ。それではなぜ問題が起こるのかといえば、これが近代社会のあり方だとわれわれが信じている社会の仕組みや制度が問題なのだといえる。しかしその問題を把握するためには、あまりにもいまの仕組みは、人々に問題を気づかせないようにすることに注力されている。
「共存」メッセージ発信を
例えば日本は民主主義国家だという。しかしその実情は、政治家が選挙で当選するために巨額のお金が必要で、それを提供できるのは金持ちの個人(その富はたいてい法人組織化されている)や大企業である。そのため政治家は当選するためにそれらの人々に奉仕するようになる。
テレビの出現以降マスメディアの時代となったが、マスメディアは広告収益に依存している。広告主は政治家に資金を提供するのと同じ、金持ちの権力者たちで、したがってマスメディアがスポンサーに不利になるメッセージを国民に伝えることは、ニュースを淡々と報道する以外ほとんどないのである。また用意された天下り先のために、官僚さえも企業のために奉仕する仕組みができている。
こうして金持ちの権力者たちは政治家も官僚も味方につけて自分たちに有利な法令や政策をとらせ、その一方でマスメディアを使って一般の国民が現状に不満や疑問をもたないように、娯楽や自分たちに都合のよい価値観を日々流している。所得税の累進税率を下げ、相続税、法人税を下げ、健康や教育、失業手当や年金を削減し、かわりに消費税を上げるなどが彼らが行ってきたことだ。
もし最も大多数の国民の健康や安寧を提供することが国の目的だと人々が考えれば、まずいくつかの仕組みを変えることが必要だ。一つめは土地に課税するなど、課税対象を変えることである。これは以前から主張しているが、より平等で公平な社会を築くことは持続可能な社会の第一歩なのでここで繰り返すが、日本の土地の資産総額は約1200兆円であり、これに3%から4%の税金をかければ約40兆円の税収となり、固定資産税はもとより、所得税、消費税を廃止することさえできるのである。
もう一つは、マスメディアのスポンサーである広告業界に課税をすることだ。広告の目的は人々が必要とする以上に買わせることが目的だ。もし人々が自分の健康や幸福のために本当に必要なものだけを消費していればエネルギーも節約され、廃棄物は大幅に減るだろう。
消費税についていえばもちろん撤回するのがもっともよいが、どうしても消費に課税するのなら、かつての物品税のようにぜいたく品や、または社会や国民に有害なものにだけ課税すべきである。例えば国産の野菜やその他の食品は無税だが、輸入品や高級食材は課税する。鉄道は課税しないが、乗客一人当たり12倍の燃料を消費する自動車や飛行機には課税する。教育には課税しないが、娯楽やポルノ、またはアルコールやたばこからはたくさん税金をとってもよいだろう。
人類の歴史において過去150年間はバブルだった。そのバブルとは、この地球に何億年もかけて蓄積された化石燃料を発見し、使い始めたことによってもたらされた。つまり近代文明は数億年間かけて蓄積された鉱物をどんどん引き出して使って成長してきた。150年で地球の人口は10億人から60億人と6倍に増えた。そしてわれわれが消費する無生物エネルギーの量は100倍にもなった。それがもたらしたのは地球規模での貧富の拡大と環境の劣化だった。
地球の破滅に向かって進む方向を転換する、またはその速度を落とすためにまずすべきことは、多くの人が当たり前だと思っていること、無関心を装うこと、何も変わらないとあきらめることをまず変えることだと私は思う。この地球で富を所有する上位20%の約十億人は一人当たり、残りの50億人の8倍の電力を使い11倍の二酸化炭素を排出している。日本国民はもちろんその一人である。
地球環境と日本の税制はまったく別の事柄のように感じるかもしれないが、私たちはこの仕組みが変えられないと思わせられているにすぎない。例えばマスメディアが一般の国民にいまと異なるメッセージを送るようになれば、そしてそれがお金を賛美するものから自然を賛美するものへ、他者との競争をあおることから共存を大切にするメッセージであれば仕組みが変わり、われわれの生き方も変わっていくに違いない。