No.684 脱線事故は民営化が原因

 4月に兵庫県で起きたJR福知山線の脱線事故は、民営化が原因だと私は思っている。しかし郵政を民営化したい政府や主流メディアは、「民営化」の是非という根本的な議論をすることを避けたいためか、原因を国鉄時代から引き継いだ体質といった問題にすり替えようとしているような気がしてならない。

脱線事故は民営化が原因

 国有企業が民間の投資家に売却されることを「民営化」という。新しいオーナーはその会社を個人で所有することもできるが、ほとんどの場合、「民営化」された会社の株は株式市場で売買されるようになる。株式市場で会社の株が売買されるようになると、株主をいかにもうけさせるかがその企業の主要な目的の一つとなる。そしてそのためにすべきことは、配当として利益を株主に分配するか、または取引されている株価を上げるか、またはその両方を行うこととなる。つまり、合法的に可能な限り、なるべく早く多く株主にもうけさせる唯一の方法が、できる限り早く多くの利益を会社が上げることなのだ。

 株式市場において株主と呼ばれる人が一般にとる行動は、取引している株があまり利益を出さなければ、または長い時間をかけなければ利益が出なければ、その株を売ってより利益を出すか、または短期間に利益を出す企業の株に買い替える。つまり上場企業は常に他の上場企業と、いかに短期間に多くの収益を上げるかという競争をしなければならない。これによって株式市場での競争は、いかに同業他社よりも高品質の製品やよりよいサービスを提供するかではなく、市場で売買される株の中でいかに早く多くの利益を上げるかということになる。

 たとえば日産自動車の社長にゴーン氏が就任してから、メディアをにぎわしたことは自動車市場での日産のシェアが増えたとか新車についてではなく、収益性を上げた、株価を上げたといったことへの賞賛だった。

 投資家を引き付けるために株式市場は、他のもうけ先とも競わなければならない。つまり、土地や国際通貨、金、デリバティブ、競馬やカジノの方が株よりも多くの利益をもたらすなら、投資家・投機家は株式市場から資金を引き上げ、より魅力的な賭博場へ資金を移すからだ。

 繰り返すが、上場企業にとって一番の競争は同業の競合他社よりよい製品やサービスを安く提供することではなく、株式市場で上場している他の会社より多くの利益を早く出すことである。製品開発には投資が必要だが、それにはお金と時間がかかる。したがって最も短期間に利益を上げる方法は、値段を上げるか、開発投資や経費を削減するか、またはもっとも利益率の高い製品やサービスに絞ることである。

 国営企業が民営化されると、こうして株主という名の投資家や投機家のためにより多くのもうけを早く出さなければいけないという圧力によって、値段を上げたり、投資や経費を削減したり、利益率の高い製品やサービスに絞るようになる。値段が上がれば、富裕層にはそれほどではないが、低所得者にとっては手の届かないものになることもあるし、短期的な利益増に貢献する経費削減は、鉄道であれば安全性対策を怠る結果をもたらす。製造業なら環境保護対策の軽視など、いずれにしても大多数の国民がそれによって悪影響を受けるだろう。

 利益率の高い分野に絞ることは、もうからないサービスや製品が市場から姿を消すことを意味する。もともと利益を見込める地域に作られる民間の路線と違い、国鉄民営化で過疎地では不採算路線が廃止され、その結果多くの住民の足が奪われた。

 これらは単なる理論ではない。実際に世界のあちこちで民営化、または政府の規制が緩和されたときに似たようなことが起きている。電力自由化でエンロンがカリフォルニア州に対して行ったこと、イギリス国鉄の民営化によって起こされた大惨事、規制緩和が米国航空業界にもたらした混乱、米金融規制緩和策がもたらした貯蓄貸付組合の大失敗等々、氷山の一角にすぎない。

 『折れたレール イギリス国鉄民営化の失敗』(出版社ウェッジ)の著者、運輸ジャーナリストのクリスチャン・ウルマーの論文をいくつか読んだが、彼は民営化前の国鉄に問題があったと指摘した。それは正しいかもしれないし、国鉄が抱えていた問題については多くの方からも例示をいただいた。しかし問題解決の最善の方法が民営化だったとは、ウルマーの論文も私を納得させるものではなかった。

 郵政民営化を狙う政府は、すでに規制緩和で海外の投資家に金融市場を開放し、それ以降より多くの利益を早くあげることへの圧力はますます高まっている。外資系投資顧問会社の社員が株の売買によって百億円の年収を得て日本一の長者となったこともそれを如実に表している。