No.686 脱米国が世界安定の始まり

この5月、わたしの会社が東京の九段に移転した。オフィスからちょうどよい散歩の距離にあるのが靖国神社で、新緑あふれるこの季節は足を運ぶたびに心身ともにリフレッシュする。

脱米国が世界安定の始まり

この靖国神社をめぐって、さまざまな議論がなされている。先ごろも中国の副首相が小泉首相との会談を取りやめて帰国した理由が、小泉首相の靖国参拝をめぐる発言にあったという。中国の言い分は、日本の指導者は日本の政府が六十年前にアジアでとった行動を反省することなく、そのA級戦犯がまつられる靖国神社について誤った発言をし、アジア諸国でその戦争の犠牲となった人々の感情を考慮していないということになるだろう。

日本に30年以上暮らし、その文化や習慣にほとんど戸惑うことのない私だが、過去の戦争についての日本政府の発言や行動には理解しがたいことが多くある。過去の戦争に関連して意見すると、これまでもインターネットなどで非難や誹謗を受けたが、今回もあえてそれを承知で書きたい。

いま日本政府がすべきことは、明治時代に「脱亜入欧」を政策として取り入れたことを謝罪し、それを撤回することである。脱亜入欧政策によって日本はアジアを侵攻した。今日、日本政府が米国をあがめ追随することもここに源流がある。明治の支配者は民主主義や資本主義を欧米から取り入れ、それと同時に長い歴史を通して友好関係にあったアジアの国々を欧米列強のように侵略するという政策をとった。日本がアジアの国との関係を修復するためには、彼らを軽視したこの政策をやめ、再び仲間として受け入れてくれるよう、そして二度と欧米を真似た行動はとらないと誓うことが、日本の新たな始まりになる。

脱亜入欧を撤回したことを表明する第一歩は、米国追随を止めることである。そして米国の属国として振る舞うのではなく、独立したアジアの国として行動をするのだ。そして犠牲となった国々の政府に謝罪してから、日本政府の政策のために命を犠牲にした日本兵たちを首相が参拝したいと説明すれば、今回のようなことは起きないはずである。ではなぜ日本政府はそれをしないのだろうか。

普通、戦争を始めた国家の政府がその戦争に敗れた時、その政府は権力の座から追い出される。敗戦とともに国を統治する権限も失うのだ。しかし米国の征服者たちは、戦争を始め、負けたその政府に、戦後も日本を統治し続けることを許した。その条件が「米国のために日本を統治する」こと、つまり米国の植民地として日本を支配する政府として政権につくことを許したのである。

米国の19世紀末のアジア政策は、アジアを分断して支配下におくことだった。そのためにはアジアの国々が米国に反対や抵抗するために団結し、連合しないようにさせる必要があった。一国では米国に抵抗できなくても、欧州連合(EU)のように連合になれば大きな力を持つからだ。このアジア分断に協力してきたのが、米国のおかげで権力の座に就いた戦後の与党自民党政権である。

昭和の時代にはそれによって日本が経済力をつけることができたという側面があったことは事実である。しかし基本的に与党自民党は一貫して米国の要求をのみ、米国の利益になる政策をとってきた。その仕事の一つがアジアの中で孤立し、それによってEUに匹敵するようなアジア連合を形成できないようにすることだったのだ。

かつて大英帝国とよばれたイギリスは、いま米国の子分として米国のためにEUを弱体化させようと動いている。イギリスはもはやヨーロッパを統率する国になれないことを知っているために、米国の属国として行動することで真の力以上の影響力を与えようとしているのだ。中東ではイスラエルが同じような働きをしているが、それはその存在と存続が米国にかかっているためである。

日本はイギリスやイスラエルのような立場にはない。独立国家としてアジアの誠実で忠実な一員として成長し、繁栄することができただろうし、これからもできるだろう。日本が米国の利益のために奉仕することをやめれば、国民はもっと安全に、幸福に繁栄することができるだろう。

アジア諸国のなかでアジアが団結することを阻む米国の二重スパイのような行動をやめること、それが日本の、アジアの、世界の安定の始まりだと思う。日本のアジア侵略は欧米列強からアジアを解放するためだったと言い訳しつつ、脱亜入欧政策を取り続けて靖国神社を参拝することだけはしてはならない。