No.706 米原理主義による死刑執行

米原理主義による死刑執行

エネルギー価格の高騰によって、米自動車メーカーが経営危機にひんしていることを前回取り上げたが、米国では鉄道やバスといった大量輸送システムにも大きな影響が出始めている。鉄道など米国の公共交通機関がサービスの削減や従業員のレイオフ、料金の値上げ、資本投資の見直しなどを検討し始めたのである。

もちろんその理由は原油の高騰であり、今年だけで75億ドルもエネルギーコストが全米で増加している。多くの公共交通機関が経費削減を模索しており、運転本数の削減や人件費その他の予算が減らされることになるだろう。もし原油の高騰が続けば、会計年度当初の予算より数十万ドル以上の支出増となる。

デンバーのトランスポーテーション・オーソリティではローカル線の料金を25セント、またソルトレークシティでは同じく25セントのサーチャージを取ることを検討しているというが、燃料価格はすでに昨年より倍以上になっており、2006年度予算では値上げをしても数百万ドルの赤字が出る計算になる。安い豊かな石油の時代であった1970年、米国では1ガロンは平均91セントであったのが、今年10月に早くも2.5ドルにもなってしまった。

ニューヨークシティの公共交通局は1ガロン1.81ドル払っていたディーゼル燃料が2.44ドルに跳ね上がった。同交通局では4600台のバスを保有し、1週間に90万ガロン消費する。公共の交通システムの場合、簡単にルートや料金を変更することはできないため、とりあえずは自動車で通勤していた人々がガソリンの高騰によってバスや鉄道を利用するようになることを期待するしかない。料金の値上げは最後の手段となるだろうが、それも高騰するエネルギーコストには追い付かないだろう。

米国の場合、一部の州を除いて大量輸送システムの多くは民営である。もちろん最初から民間企業が開発したものもあるが、多くは公的資金で作られた公営だったものが民営化され、私営になった。そして公営であっても、米国の公共交通機関は利益を上げるよう大きな圧力をかけられている。なぜなら政府は「悪」であり、できる限り小さくそしてなるべくお金をかけないようにしておくべきだというのが米国原理主義者のイデオロギーだからである。

なぜ政府が悪かというと、それは金持ちの権力者が貧困者や弱者を搾取することを規制するからというのが一つの理由である。政府は社会の中で貧しい人、さまざまな理由から弱者と呼ばれる人々にサービスを提供する。それらのサービスを富裕層は全く必要としていない。それににもかかわらずそのために自分たちは税金を負担しなければならない、だから政府はなるべく小さくし、その力を最少にしておかなければいけないのである。

業績が悪化したGMやフォードは財政難を理由に労働者を解雇したり、解雇できない社員の賃金や手当てを削減といった手段で労働者を搾取している。フォードのCEOビル・フォード氏の2004年度の報酬が総額で2千2百万ドル(約24億円)だったと以前書いたが、そのフォードは来年1月にもさらに大量の従業員を解雇するという。

民間企業の目的は利益の最大化と株主のために株価を最大にすること、これが米国原理主義者のイデオロギーであるかぎり、株主やエグゼクティブを富ませるためには労働者を解雇することは当たり前なのである。彼らが「エグゼクティブ」と呼ばれるのは、労働者に対する死刑執行人(エグゼキューショナー)だからかもしれない。

米国に限らず地球はいま石油減耗の時代に入った。世界人口の5%に満たない米国人は世界の25%の石油を消費している。米国において最も多くエネルギーを消費しているのは輸送であり、エネルギー資源の約43%が使われている。産業用は39%、家庭用11%、商用は7%である。もし米国政府が真剣にそして誠実にエネルギーの節約を考えるのであれば法律の施行や税金を課すなどの施策をとり、自動車より少なくとも半分以下の燃料ですむ公共の交通手段を利用させることである。

米国を襲ったハリケーンで犠牲になった人々と同じく、冬に向かって石油価格高騰で暖房がないために生死にかかわる状況に陥るのはやはり貧困層にある米国民である。しかしフォード氏に限らず、一般労働者の431倍もの平均年収(2004年度のCEOの平均年収1180万ドル=約14億円)を得ている死刑執行人の米国原理主義によれば、庶民の困窮など取るに足らないことなのであろう。