2006年「新春の集い」を福岡、名古屋、大阪、東京において開催しました。本稿はその講演をまとめたものです。
新春の集い
~この国は誰のものか~
今年もこのような講演の場を持てたことを御礼申し上げたい。本日はこの国についてお話しする。皆様は日本を良くするために何かしていることがあるだろうか。ほとんどの人が自分や自分の会社、家族中心に生きている。しかし日本を良くするために自分が活動しなければ誰がするのだろう。われわれと同じく、政治家は自分の仕事、つまり当選することを一番に考えるため、国よりも選挙に良いことをやっている。経団連も国よりもどう利益を増やすかに一番熱心である。誰もが自己の利益中心に生きている。したがって国民自身が国のことを考えなければ他の人が考えてくれると期待することはむなしい。
日本の「民取制度」
世界情勢にも如実に表れている。石油やその他資源が減耗すると自分を守るために、競争が激しくなる。だから米国はイラクを攻撃して石油を盗りに行き、米国の御用聞きの日本政府はそれに協力している。最近、漢字を勉強しているが、日本の場合、民主制度は「民取制度」、“民を搾取する制度”と書いたほうが現実に近い気がする。もちろんこれは米国の「民取制度」を取り入れたものだ。私が日本に来た38年前、日本は“お互い様”を実践し、皆同じ船に乗っているような国だった。それが今は国会答弁で首相が「格差が出るのは別に悪いこととは思っていない」と言うような国になってしまった。小泉内閣の推し進める改革とは「弱肉強食」の促進であり、したがって格差がでるのは当然の帰結なのである。同じ条件のもとでの競争なら理屈としてはいいかもしれない。しかし二世、三世の政治家は公平な競争をしてはいない。
このような国になったのも、「主」である民がすべきことをしていないからだと思っている。自分がすべきことをやり、それでもだめなら責任転嫁ができるが、何もしていないのだから今日のような状態になってしまった。例えば昨年、自民党はライブドアの堀江氏を選挙候補者として支援したが、今年になってそのライブドアの違法が明らかになった。国民に「自己責任」を押し付ける小泉首相は、堀江氏を支援したことについてどんな責任をとったのだろうか。大量破壊兵器を持っているという理由で米国がイラクを侵略した時、小泉首相はブッシュから証拠を聞いているので日本は協力しないといけないと言った。しかしブッシュが嘘をついていたことはすでに米国ではばれている。では戦争に協力した小泉首相は何か責任をとったかといえば一切とっていない。広島に原爆が落とされた後でも、日本は勝っていると国民をだましていた当時の日本政府とまったく同じなのである。
データにみる真実
民取制度の日本がどんな国かOECDのデータから検証したい。OECDは世界でもっとも豊かな国とされる30ヶ国で構成され、そのデータはインターネットで公開されている。それによると、日本は国民当たりの生産高は30カ国中上位9番目にランクされている。それ以外に私が問題視するデータを以下に挙げる。
与党は日本の政府を小さくしなければいけないと言っている。しかし日本政府は30カ国で一番小さい。すでに小さいものを小泉首相はもっと小さくしなければいけないといっている。社会福祉は30カ国で下から4番目、失業手当も同じく下から4番目である。貧困相対率も下から3番目で、格差を肯定する小泉首相の思惑通りである。自殺者は30カ国で2番目に多く、15年前に比べると1.5倍も自殺が増えている。
15年前はバブル崩壊期だが、この流れが始まったのは80年代半ば、日本は民営化、規制緩和しなければいけないという「前川レポート」からである。もちろんこれが米国の要望書であったのは言うまでもない。こうして構造改革路線をとった日本は弱肉強食の国に変わっていった。そしてこのために政府が国民に使ってきた武器は、「嘘」である。
自分でデータを検証しなければ、嘘の報道を聞いていればそれを信じてしまうのも無理はない。今の日本がそうである。例えば高齢化社会だから社会保障費のために消費税を増税しないといけない、という嘘。生産年齢は15歳~65歳で残りが非生産年齢だが、過去40年間の割合を調べるとほとんど変化はない。67%が生産年齢で33%は非生産年齢である。政府は将来的に変わるというが予測よりも過去と現在のデータをみるべきだ。日本の平均年齢が増えているのは確かで10年ごとに2才ずつ上がっている。しかし10年前と比べて生産性も1割高く、20年前と比べると年齢は2割上がったが、一人当たりの生産高は9割も増えている。政府は消費税増税のために高齢化社会という恐怖を国民にあおっているが、生産性のことは言わない。しかし現実には生産性向上により働く人の負担は増えてはいない。さらに100%扶養が必要な15歳以下の人口が減り、蓄えのある65歳以上が増えている。政府発表のデータを分析すれば、政府が言っていることの正反対の結論が引き出せるのである。
人間中心の社会
コンピュータも生産性向上が目的だ。しかし生産性が売上げより上がると、企業は人件費節約のためにリストラをする。生活のために働きたい人を捨てる社会がよいはずはない。これからの日本の人口分布を考えれば若い人をじっくり育てる社会にすればよい。また私を含めて誰もが老いていく。それならば高齢者にもっと優しい社会を作ろうという動きがあってよいだろう。しかし人間中心ではなく経済を中心にとらえ、消費税増税という高齢者を含む平民の税金負担を増やすために嘘で国民を脅している。
私は民営化と規制緩和には当初から反対だった。日本経済が沈み始めたのは平成9年あたりだが今でも平成8年の規模に戻っていない。では平成9年に何が起きたかというと、金融ビッグバンである。それ以前、日本の銀行に預けたお金は日本国内で使われていた。預金が国内に流れれば経済は循環するがビッグバンで海外に出すことが可能になってから215兆円のお金が海外に流出した。つまり預金額は62兆円増えたが、銀行の国内貸出は153兆円減り、合計で約215兆円が国内から海外に流出したとみられる。日本経済がおかしくなるのも無理はない。
誰が主人か
米国のために行ったビッグバンは売国奴的政策だった。日本の金利が海外より高ければ流出しないが、ビッグバン以降日銀はずっとゼロ金利に近く、常に米国より低い金利を設定している。一体日銀は誰に奉仕しているのだろう。日銀の株主を調べたが日本政府が55%で、残りの45%の株主を日銀は公開していない。これではロスチャイルドや米国政府が株主だと噂されてもしかたがない。疑われないためには株主を公表すればよい。大株主がアメリカの政府や財界であれば日銀の政策はきわめてわかりやすいからだ。
社会という漢字を逆にすると会社である。消費税増税を主張する政府やマスコミは、増える「社会」福祉のためにと言う。しかしそれも嘘である。「会社」福祉のための増税だ。政治献金を提供するのは企業であり、メディアの広告主も企業である。大切なのは「会社」である。これを裏付けるデータがある。消費税が導入された1989年から昨年12月末までに消費税税収は総額120兆円だった。同時期、法人税は減税され、その減税額は合計で107兆円にのぼる。つまり政府の税収は消費税が120兆円増え、法人税が107兆円減った。政府は会社に奉仕しているのだ。
本や週刊誌でよくユダヤなどの陰謀説を説く人がいるが、話としては楽しいが私は信用してはいない。でも私が今言ったことは政府のデータをもとに話している。弊社のWebサイトに私が使った統計データを掲載しているのでお時間のあるときにでもぜひ見て欲しい。この国がどうなっているのか、自分の時間を国のために費やそうと思えばいくらでもデータは公開されている。あとは調べてみようと思うかどうかだ。格差が増えることは悪くないと開きなおる小泉首相がどのような政策をとっているのか自分で確かめて欲しい。
法人税減税といったが大きな恩恵を受けているのは一部の企業である。日本には約260万社があるが、その99.99%は中小企業で、法人税が激減したのは0.01%にあたる206社、連結決算を適用している大企業だ。99.99%の企業の平均売上げは年間5億円だが、206社の平均売上げは約2500億円と500倍の企業である。国に税金も払えないほど効率の悪い企業に存在価値があるだろうか。私はこれは脱税に等しい行為だと思う。もちろん、国が合法とする連結決算は脱税ではない。しかしそれでも道義的には脱税と同じだと思う。なぜなら自分は社会のさまざまなインフラを利用して利益を手にしながら、その税負担を他の人に押し付けて税金を払わないからである。連結決算は小泉首相から経団連への贈り物だと言われるのも当然であろう。
もう一つの税制問題
一昨年も話したが、日本の税制には大きな問題がある。勤労者は所得税と消費税を払い、企業は法人税を払う。つまり日本では生産者が税金を負担している。明治時代まで日本の多額納税者は地主であった。これは固定資産税とは異なり、土地の値打ちに対する税金である。土地の価値が上がるのは社会が発展したり、国が鉄道や道路を建設するなど外的な要素であって地主の努力ではない。またもともと土地は武力や権力で盗んだものであり、盗品の売買は土地以外にできない。生産者、生活者である国民から税金をとるのではなく、盗品である土地を所有することに税金をかけるべきだと思う。
1981年から現在までの銀行の貸付利率は平均4.4%である。土地の値打ちは約1100兆円で、これに4.4%の税金をかければ日本は所得税も消費税も法人税も徴収しなくてよい。つまり、生産者でも消費者でもない土地に課税すれば生産者への税金をなくすことができる。この主張をする経済学者が無視され続けてきたのも、ごく一部の地主が強い権力を持つか権力とつながっているからだ。そろそろこの現実を一般の国民が変える時期にきているのではないだろうか。
錬金術を規制
社会には道路や鉄道、その他たくさんのインフラがある。インフラはその重要性から政府が提供するか、または政府によって規制されている。お金はそのようなインフラの一つである。政府は貨幣を提供しても利子をとらないし、またその値打ちが急にさがらないと国民は信用しているので物々交換の代わりに貨幣を使って経済取引を行う。しかし国内で流通している貨幣のうち、政府が作っているのはその8%だけである。日本のマネーサプライの総額は約624兆円、GDPの1.2倍であるが、貨幣に変えられるのはその8%にすぎない。では92%は誰が作っているかというと民間の銀行が「貸付」を通して無から作り出している。
ライブドアがその錬金術で何億円ものお金を作り出したといわれるが、銀行も錬金術に等しい。例えば私が銀行に100万円を借りにいくと、銀行はコンピュータで私の通帳に100万円の数字を入れる。なぜそれが可能かといえば、かつては金貨や銀貨が貨幣の中心であったが、近代の準備銀行制度になってから民間の銀行に対して金庫に1円あれば100円貸し出すことができることを政府が許可しているからである。このような日本の制度はもちろん米国の影響だと私はみている。米国の中央銀行は銀行間の談合でできた。つまり談合の規制を法制化して法律にして、政府が談合のまとめ役となって米国中央銀行ができたのだ。敗戦後、日銀も国民のための国の銀行ではなく銀行のための日銀としてできたのであろう。だからこそ、銀行にこのような錬金術が許されている。失業や企業倒産が増えているのは、国で流通しているお金の92%を銀行が無から作りだし、それを貸し付けることで利息をとりたてているからだろう。だからこそ、その利息分を支払うために常に経済は成長し続けなければならないのだ。
政府のデータをみるともっとひどい実態がわかる。銀行はこうして大体年間18兆円を作り出すが、国の年間借入金は約17兆円に相当する。つまり本来国が作るべきお金を民間銀行に作らせ、その95%を国が借りているのだ。なぜかというと前に借りたお金の利息ともいえる国債費15兆円を銀行に支払うためである。これが政府と銀行の談合だ。
この解決方法はといえば、政府は民間の銀行にお金を作らせる代わりに、政府がお金を作ればいい。例えば公共事業に必要な10億円を国が作って建設会社の払うようにすればよい。今の銀行と同じ程度のお金を作ればインフレにはならない。銀行から借りて、国民の税金でその利子を払うことをやめて直接政府がお金を作って支払うようにするべきなのだ。
主権をとりもどす
人類の長い歴史を振り返ると現代日本は豊かな恵まれた社会であるといえる。だから人びとはのんびりしてしまうのかもしれない。私は小泉首相とは反対に、格差の多い社会よりも大多数の人が同じような暮らしをする安定した社会を望む。しかし政府や一部の権力者が、その力と資金とマスメディアを使って多くの国民を政治に無関心にして拝金主義にはしらせれば、結果的に多くの人々が不幸になるような社会に向かうことはまちがいない。データをみてももはやそれは明らかだ。
それを阻止するためにも、一般の国民は意識的に情報を集め、行動していかなければいけないと思う。あまりにも広がった格差を直すためには武力や暴力という手段に頼るようにしないためにも、まずOECDの中でも下から3番目に悪い投票率を日本は上げることから始めるべきだ。民主制度の責任を多くの国民が果たせば、避けられること、変えられることはたくさんあると思う。
私は今でも米国よりも日本が好きである。今、日本人になるための帰化手続きをしており、おそらく今年中には法的に日本人になれるはずである。あまり社会問題には興味がなかった私に、自分のことだけでなく国や社会を考える目を開かせてくれたのは、私が日本に来た頃お付き合いをさせていただいた一世代上の日本人の方々だった。民主制度においては自分(「民」)が主人にならなければいけないということを私は日本人から教えてもらった。昭和40年代、日本の投票率はいまよりずっと高く、先輩たちとよく仕事以外に社会や政治の問題を語り合った。当時米国人の私は自分の知識のなさが恥ずかしかった。あれから30年がたち、国民が手抜きになった日本はこれからどこへ向かおうというのか。この国が誰のものか、どうか皆さんもう一度考え、行動に移していただけることを切に祈念して講演の終わりの言葉としたい。