No.761 先人の暮らし振り返れ

環境問題に興味を持つようになり、有限の資源の中でどのようにわれわれは生きていくべきか、ということを考えるようになった。石油減耗という事実に当初暗たんたる気持ちになったが、時がたつにつれて、これが長い人類の歴史において避けられない変化であるならば、前向きに受け止めようという気持ちになってきた。

先人の暮らし振り返れ

つまり、現在の経済システムが立ち行かなくなるのであれば、もっとシンプルな生活に移行していけばよい。それは必要なものを自分たちの手で作り、壊れたものは修理したり、再利用して使う生活に変えていくことだ。

私は自宅の庭を菜園に変えた。経営する会社の社員にも野菜作りの楽しさと重要さを知ってもらうために、社内に「農芸研究プロジェクト」を発足させた。活動は自給自足には程遠いが、始めない限り進むことはないから、小さな一歩でも踏み出すことが大切だ。

人類の歴史の中で、飢饉は日常的なことだった。19世紀まで、ほとんどの国が食料を地元で作っており、よい年は冬に備えて多く保存できたし、凶作は貧しい人や病弱の人に死を意味した。産業革命以前、これが何千年も続いてきた。

高度に進んだ日本でそのような状況は想像もできないだろう。食べ物は安く豊富にあり、肥満の方が問題になっている。しかしこれは永遠に続かない。一つはピークオイルだ。現代の農業は石油なしには成り立たず、石油高騰は食料価格の高騰につながる。代替エネルギーとしてエタノールを作れば、同じ土地を奪い合うために食料生産をひっ迫する。

もう一つの要因は農民の不足だ。農林水産省によれば、日本の農業者数の減少、高齢化の進行、耕作放棄面積の拡大などに歯止めがかかる様子はないらしい。農業就業人口は334万人でうち65歳以上が58%だという。この状況で20年後、誰が作物を作るのだろう。さらに世界的な気候変動もある。地球温暖化という言葉は世界の気温が上昇していることに使われるが、ここ数年、世界では天候が不安定になってきている。干ばつ、洪水、台風、竜巻、ひょうなどで収穫物が一瞬にしてだめになることもあるだろう。

科学万能主義者は遺伝子組み換え食品がその鍵を握るというかもしれない。よくない天候や悪い土壌でも作れる作物を作ることができれば問題の解決になるからだ。しかし残念ながらこれまでの遺伝子組み換えの経験では生産量を増やすという約束は果たしてないばかりか、人間の健康、そして生態系にマイナスの影響を及ぼす結果をもたらす可能性があることが分かっている。またたとえ成功しても、それを保存し、輸送するために多くのエネルギーを要することは変わらない。

では何が解決策か。以前にも書いたが、エネルギー不足に直面しそれを克服した国を見習うことだ。1990年代初期、ソ連の崩壊で安い石油の供給を失ったキューバがその例だ。キューバは石油に依存していた農業を、地元単位の、労働集約型の有機農業に転換した。国営農地を分割して個人農地にし、コミュニティを作り、ファーマーズマーケットを作った。国民は一日二回食べていた肉を一週間に二回に減らした。

国民を飢餓から救うために多くの農民が必要だと認識したキューバ政府は、農作業を教える教育を提供し、農民の給料をエンジニアや医師のレベルに引き上げた。多くの人は都市から田舎に移転し、今日のキューバはぜいたくはできないが飢餓もほとんどない。

日本にキューバのやり方を勧めても反対されるだろうが、このような例は米国にもあった。第二次大戦の間、米国では食料の増産のために「ヴィクトリー・ガーデン」とよばれる活動が行われた。数百万もの家庭が庭をつぶして家庭菜園で作物を作り、それが米国の野菜の約4割を占めたのである。これはまさにわが家の菜園のアイデアだ。

現代社会は便利だ。しかしその便利さのためにわれわれは大きな代価を払っている。自然から自分たちを切り離し、地元のコミュニティを失い、伝統が消え、言葉を交わすことのない群集の中の独りぼっちだという感覚。それらを元に戻すために、キューバに倣うまでもなく、われわれは日本の先人たちがやっていたことを振り返ればよい。石油が高騰し、失業が増え過ぎ、社会の分断が広がる前に。2007年もシンプルでゆっくりとした、無駄の少ない生き方をしていきたいと思う。これが結局はサバイバルの戦略なのだ。