No.765 日本の未来は明るい

私の京都の自宅の駐車場は八百屋になっている。私が副業で八百屋をしているのではなく、自転車派で自家用車を持たないために空いていた駐車場を、有機無農薬栽培された野菜を専門とする八百屋を志す若者たちに貸しているのである。店の名は「ワンドロップ」という。

日本の未来は明るい

この八百屋では、主に京都や奈良で農業をする若者たちの生産物を売っている。誰がどこで作ったのかがはっきりしている有機無農薬栽培された野菜を、昨年大学を出たばかりの若者たちが、農家に集荷へ行き、それを販売している。

環境やエネルギー問題に興味を持ち始めたことから福岡正信の自然農法を知り、日本の農業について考えるようになった矢先に、知り合った若者たちだった。彼らの、自分らしい行き方をしたい、生産者の思いのこもった野菜を提供したいという意気込みに感動し、協力したいと思った。

彼らは、有機野菜だから絶対に安全だとか、おいしいとは言わない。狭い日本の国土で、隣の農地で使われた農薬を完全に遮断できるはずもないし、車の排気ガスや酸性雨の問題もある。栄養価についても安全性と同じで、私も菜園をして分かったことだが、よい土が出来上がるまでには長い年月がかかり、化学肥料や農薬を使わないだけで、すぐに栄養のある野菜ができるとは思っていない。

味だって、私は自分の庭で採れた小さなジャガイモや虫食いのあるブロッコリーがおいしく感じるけれど、これも個人差があるだろう。しかし、なぜそれでも私が有機栽培にこだわるかといえば、どう考えてもいまの不自然な日本の大量生産の農業が続くと思えないからである。そんな矢先に、BBCのニュースで、イギリスのデイビット・ミリバンド環境・食糧・農村相が、有機栽培された野菜が農薬や化学肥料を使って作られた野菜よりも良いという証拠はない、と語ったという記事を読んだ。

今、イギリスでもオーガニックと呼ばれる有機栽培の野菜の売り上げが増加している。イギリスにソイルアソシエーション(土壌協会)という団体がある。同協会は1946年に設立された公的なオーガニック認定機関で、自然農法と近代農法との比較を行い、ヨーロッパの法律で定められたものよりもさらに細かい基準を設定した。

基本理念は「健康な土壌が健康な植物を育み、それが健康な体を生む。その自然の循環を可能にするのは有機農法だ」というもので、協会によるとイギリスのオーガニックフードの2006年の売り上げは前年比30%も伸びたという。消費者がより安全な食品を求めるこの動きに対応したのが前述のミリバンド大臣のコメントだった。

温暖化が進み、飲料水が汚染され、空気が汚れてもこの地球以外で生きていくことはできない。しかし毎日食べるものは選ぶことができる。都会に住むか、山の中に住むかといった生活様式の選択と同じように、農薬や添加物を使ったものを選ぶか、有機栽培で作られた野菜を選ぶかは消費者に委ねられている。

イギリスで、同協会がオーガニックと認定している内容とは、例えば過去5年以内に遺伝子組み換え作物が生産された土地ではないとか、遺伝子組み換え作物を餌にした家畜の糞尿を肥料にしてはいないといった基準や、人工的な添加物を含んでいないといったことである。いくら大臣が証拠がないといったところで、私は有機栽培を支援したいし、自分の菜園でも農薬は使わない。

こんなことを書いていたら、先日取材を受けた農業新聞の掲載紙が送られてきた。それによれば日本でも農薬や化学肥料の削減に取り組む農業者が11万戸を超えた、という。この数字が多いのか少ないのか分からないが、日本でも農薬の使用を控える動きが広まっていると書かれているのだから良いニュースということだろう。

ちなみに「ワンドロップ」という八百屋の名前の由来は南アメリカのキチュア民族の「ハチドリのひとしずく」という話だという。山火事で森が燃えたとき、一匹のハチドリがくちばしで水のしずくを運んで火を消そうとした。「そんなことしていったい何になるんだ」と笑うと、ハチドリは「私は私のできることをしているだけ」といったという。

私が菜園作りをしたり八百屋の軒先を貸すことは、まさに「私にできることをしているだけ」。そして若者たちの心意気は、日本の未来は明るいと私に教えてくれている。