昨年から、ごく近い将来に原油価格は1バレル=100ドル台にまで高騰するだろう、ということを私はしばしば書いてきた。それに対して読者の方から、最近の推移はそうなってはいないではないか、というコメントをいくつかいただいたので、今日はそれについて書こうと思う。
浪費のない社会をつくる
1月19日現在、ニューヨークの原油価格は55ドル台と、100ドルには到底及ばない。高騰の予想に反して価格が安定している理由は米国の石油在庫統計で原油在庫が予想を上回って増加したために、売りが優勢になっているのだという。石油輸出国機構(OPEC)は昨年より減産を開始し、さらに今年2月からも追加減産するとしているが、石油価格は下がる傾向にある。昨年夏に70ドル台を記録してから原油価格が50ドル後半に下落した理由にはいくつかの要因が挙げられる。
一つは米国で中間選挙があったことだ。ブッシュ大統領(共和党)の支持率は石油価格が上がると下がり、価格が下がれば支持率が上がると、これまでも石油価格と反比例してきた。また、世界最大の石油購入元である米軍が、この夏から石油を買うことを控えてきた。つまり、価格高騰を抑えることでブッシュと共和党を助けていることが要因になっていることは間違いない。
もう一つは、人間の力の及ばない自然の影響である。つまり日本だけでなく、米国、ヨーロッパも暖冬で、そのために暖房用の石油の需要が少なくてすんでいる。また2005年に米国を襲ったハリケーン、カトリーナのように、急に石油の供給をカットしたり需要を増やすような大きな被害がなかったことも幸いした。
しかし、いくらこれら、またはそれ以外の要因によって石油価格が下落傾向にあろうとも、それはあくまでも短期的なものだ。人類の長い歴史の中で、石油を使い始めてからの短い期間においても、ごくわずかな時間だけ石油価格の値上がりを減速させるものにすぎない。こう言いながらも、私は軽率に100ドルに上がるという予測について、皆さんに危機をあおるような形で伝えたことは反省している。私が石油価格高騰を予測し、それが外れれば、いずれはおおかみ少年のように私が意図する警告は黙殺されるようになってしまうからだ。
予測ということでいえば、これまでエコノミストや日本政府もさまざまな予測を流している。予測の多くは人々を不安にさせるもの、例えば年金は破たんする、50年後の日本の人口は9千万人を下回り、働き手である生産年齢人口(15-64歳)が激減し、したがって65歳以上の割合が倍増する。そして一人の労働者がより多くの老人を支えないとならず、労働力不足、年金や医療保険など現行の社会保障制度が維持できなくなる、等々というものだ。
私からみればこのような不安をあおる予測記事は、消費税を増税するとか、一方で年金支給額は下げる、労働者が不足するから外国人労働者を入れよう、といった結論を暗に導かせるものでしかないと思っている。つまり、現状を分析することと、それに基づいて未来を予測することは別物であるべきなのだ。このように考え、私がすべきことも、ピークオイルという石油の減耗問題おいて石油価格の動向を予測することではなく、地球資源が有限であることを肝に銘じて、われわれが行くべき道を再考することに絞って伝えていきたい。
しつこく繰り返すが、石油生産量が近いうちに頭打ちになることは間違いない。これは石油が枯渇する、なくなる、という話ではなく、際限のない石油需要の伸びに生産が追いつかなくなるということである。天然資源は採りやすいものから採られるため、最後には採りにくい石油が残ることで、採取のために使うエネルギーが取れたエネルギーよりも多くなってしまうということだ。
われわれの生活は石油に完全に依存している。石油の浪費を気にせず、国家として、石油の消費量と比例する国内総生産の成長を命題としているのが工業先進国である。だからこそ、この大量生産、大量消費、そして大量廃棄という消費型工業化社会を維持するために、それを支えるうえで不可欠な石油をめぐって、中東、中央アジア、東シナ海といった石油産地あるいは石油の搬送経路が収奪の対象として紛争地帯となっている。
日本の政治家も相変わらずGDPの成長と消費の拡大を求める。しかし有限の地球で生きるわれわれは、いかに浪費のない社会を作るか、そこに知恵を絞っていくべきなのだ。