No.769 危機をチャンスに

今年初め、英国の新聞オブザーバー紙が政府筋の情報だとして、ブッシュ大統領が1月の一般教書演説で、気候変更に対する方針を大きく変える可能性が出てきたと報道した。これまでのブッシュ政権からあり得ないとは思ったが、中間選挙の結果からの方向転換と考えられないこともない。それによって、これまで無視してきた温室効果ガス排出量を制限するのではと期待したが、やはり甘かった。

危機をチャンスに

地球温暖化の原因となる温室効果ガスを世界の4分の1排出している米国は、まだ真実から目をそらそうとしているようだ。ブッシュは昨年も米国は石油中毒だと述べたが、今年も最重要課題はいかに米国経済を持続させるかであり、提唱したことは、今後10年間で米国のガソリン使用量を20%削減するというものだった。

米国の変化を期待した理由は中間選挙だけでなく、インターネットなどから米国民の間で環境問題への意識が芽生え始めているということを、友人やインターネットなどから感じていたこともある。変化をもたらした要因の一つは、2005年に米国南部を襲ったハリケーン、カトリーナである。このハリケーンが、ブッシュが無視し続けようとしている気候変動が原因となっていることはもはや疑いの余地はないからだ。

地球温暖化の影響で海面の温度が上がり、それが米国を襲ったハリケーンの勢力を劇的に強めたと結論づけた研究が、マサチューセッツ工科大学の気象学者らによって発表されている。ハリケーンや台風は海面温度に反応するが、赤道付近の海面温度を調べたところ1970年から0.5度上昇しているという。これが強い暴風雨として、米国や日本に多くの被害をもたらしているのである。こう書いたところで、国連環境計画が世界各地で氷河の縮小が急激に進んでおり、2000年から5年の間には、1980年代の3倍の速さで氷河が融解していると発表した。これも気候変動によるもので、世界各地で大規模な環境変化が急速に進んでいるのである。

もう一つタイミングよく報道されたのは、米民間団体「憂慮する科学者同盟(UCS)」が公表した調査で、ブッシュ政権が気象学者に圧力をかけ、連邦政府機関に勤務する気象学者のうち150人が、過去5年間で延べ435回にわたって「気候変動」という言葉を報告書から削除したり、研究結果を政権の方針に合わせるよう求められた、という記事だった。

ブッシュ政権は経済を優先するために京都議定書を離脱し、地球温暖化と経済活動の因果関係を疑問視する姿勢をとってきた。それを裏付けるというより、むしろその関係を隠すためにも、科学者たちが導いた結論を捻じ曲げる必要があったのだろう。民主党は以前からブッシュ政権が研究結果を操作しているという批判をしていたが、共和党が選挙に負けたことでこのような報道がなされたとすれば喜ばしいことだ。

さらに米国民の意識を変える役目を果たしたのが、1月に来日したゴア元副大統領であろう。ゴア氏の地球温暖化対策を追ったドキュメンタリー映画『不都合な真実』は、米国では中間選挙が始まる約5カ月前の5月末から上映され、テレビでの宣伝もほとんどなかったにもかかわらず興行成績ランク全米トップ10に入ったという。ゴア氏といえば、2000年の大統領選挙で、もし最高裁がフロリダ州の票を数え直すことを許していれば勝っていたことはさまざまな調査で判明している。イラクからの撤退とブッシュ阻止を公約として掲げた民主党候補者を勝たせた要因の一つが、この映画だったことは間違いないと思うのだ。

先日私もこの映画を見たが、気候変動を考える上で文字で書かれたいかなるものよりも心にその“危機”を強く訴えるものだった。この映画でゴア氏は、警鐘を鳴らすだけでなく希望を持つべきであるということも伝えている。危機は「危」険と「機」、チャンスでもある。人々が共に立ち上がれば不可能ではないからだ。そしてこの危機とは、政治の問題だけでなくモラルの問題であり、われわれにいかに生きるかを問うているものだ。今、何をすべきか。一人一人が考える時期に来ている。