No.778 過去の悲劇は未来でも

3月から暖かかった東京は4月に入って19年ぶりという雪がちらついた。その日は強い寒気によって雷もとどろいたが、鳥取では竜巻が観測されたという。暖冬とばかり思っていたら遅れて冬がやってきたというわけではなく、結局、3月の東京は過去2番目の暖かさを記録した。

過去の悲劇は未来でも

  
世界自然保護基金(WWF)の報告書によれば、世界の各大陸の河川が深刻な水不足によって干上がりつつあるという。気候変動や汚染、ダムなどによって特に被害が深刻だとして取り上げられた10の河川のうち、揚子江、メコン川、ガンジス川、インダス川など半分はアジアにある。気候変動が人類に及ぼす影響と等しく、適切な保護がなされなければ河川はそこに住む人々に欠かせない水を永遠に提供し続けることはできなくなる。気候変動だけでなく、淡水の危機も緊急の課題なのだ。

先日友人から日本も同じような危機に直面していることを聞いた。暖冬だったために日本は全国的に積雪量が大幅に減った。これは、雪が徐々に溶けることによって高山が保有している伏流水という保水量が減少することを意味するという。つまり、暖冬が続けば、豊かな水に恵まれた日本列島も、全国的に水不足に直面することになりかねない。

 
4月初旬にベルギーで開かれた国連「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の作業部会においても、今後温暖化によってヒマラヤ山脈の氷河が融解してまずは洪水が増え、そして水源の崩壊が進み、アジアは水不足の状況下に置かれると予測されている。

一方で、地球温暖化がもたらす経済的な損益は地域ごとに異なるという意見もある。地球の気温が上がるということは、ロシアやカナダ、ニュージーランド、スカンジナビアといった国々は温暖化による恩恵を受けて農作物の収穫が増えることが考えられるからだ。しかし、あくまでもこれは地球全体からみるとごく一部であって、アフリカやアジアのすでに貧しい国々がもっとも大きな打撃を受け、水不足、食料不足によって飢餓が蔓延することになると国連の報告書は警告している。

このように将来の警告を書き出しながら、豊かな生活を送る忙しい現代社会に住むわれわれにとっては、これらのことに関心を持ったり理解はできても、実感が湧かないのが実情かもしれないと思う。そうであれば未来ばかりに目を向けるのではなく、過去を学ぶことも重要だろう。なぜなら人類の長い歴史の中で、いくつもの隆盛を極めた文明が没落していったからだ。現代人は科学技術の進歩によって、あらゆる問題は近い将来解決されると信じて、地球のあちこちで起きている問題を先延ばししている。しかし歴史を振り返ると、例えば森林破壊が行われた時に急激な気候変動が重なって文明の崩壊が起きた例は数多ある。気候変動は何千年という単位でゆっくりと起きるのではなく急激に起こり得るのだ。技術が間に合うかどうか、進歩を待つことは大きな賭けでもある。

よく挙げられる例にイースター島がある。豊かな土壌での農業と漁業によって支えられていた島は、森林伐採によって土壌が浸食し、主食の収穫量が激減した。木材の不足により燃料も、漁に出る船も老朽化し、家を作る木もなくなった。この食糧危機は部族間の抗争をもたらしたが、この戦いで勝者はいなかった。なぜならヨーロッパ人が初めてこの島を訪れた1700年代には、貧窮したわずか3,000人ほどの人口になってしまったからだ。その52年後にキャプテンクックが訪れた時には約2,000人に減少していた。

イースター島の悲劇が現代文明にそのまますぐに当てはまるわけではないとしても、豊かに暮らすことができる人数を超えて人口が増えるとどうなるか、一つの教訓を示唆している。化石燃料の大量消費を前提にした現代社会は、どう考えても過去の文明と同じ構造にある。

 
この春も日本の広い範囲で黄砂が観測された。わが社の大阪オフィスから道を隔てたビルがかすんで見えるほどだ。中国は砂漠化が進み、森林の乱伐と温暖化による降雨量の減少が追い打ちをかけ、黄砂だけでなく深刻な大気汚染も引き起こしている。過去に起こったことは未来にも起こる確率は高い。