No.779 水と緑と食を守るためにすべきこと

3月の初め、松岡利勝農林大臣に“光熱水費”疑惑が持ち上がったが、この時、国会議員は、“事務所費”や議員会館の“光熱水費”を政治資金の収支報告書に領収書をつける必要がないということを知った。法律でそれらは経常経費として扱われるらしい。松岡農林大臣の場合、問題は光熱水費のかからないはずの議員会館で5年間で2,880万円の光熱水費を計上していたという。

国会議員の光熱費という些細な出来事が気になったのは、ちょうどそれに前後して『不都合な真実』で米国から全世界に地球温暖化を訴えるゴア氏がテネシー州ナッシュビルの自宅の光熱費が米国の平均家庭の約20倍だという批判がなされていたからである。そしてわが身を振り返り、私も自宅の光熱費を調べていた時期だった。

ゴア氏の行動を快く思わない保守派やエネルギー業界の力を考えれば、彼の『不都合な真実』がこのような形で公表され、批判されることは想定内の出来事であろうし、今でもゴア氏の主張を科学的論拠がないとして認めない人は数多くいる。そしてそういう人たちは、先ごろ発表された国連のIPCCの第4次報告書で、永久凍土地域の地盤不安定化や、渡り鳥の移動時期や植物の芽吹き時期の早期化など、世界中の自然体系の多くが気候変動、特に温度上昇の影響を受けている証拠となる現象が観測されているとあっても、まだ、それを認めないのであろう。

話を松岡農林大臣に戻すと、1本5,000円のミネラルウォーターを購入していてそれを計上していたとする記事がインターネットにあったが真実はわからない。ただ、それに関連した取材において「いま水道水を飲んでいる人はほとんどいない」というような発言をしている。

そうなると私は、水道水を飲んでいる数少ない人間かもしれない。京都の自宅には井戸があり、炭を入れた容器に井戸水を入れて飲料水にしている。仕事で全国に出張した時は、以前は駅などで売っているミネラルウォーターを購入していたが、最近はどこでももっぱら水道水を飲んでいる。

日本人はいつ頃からペットボトルの水を買うようになったのだろうか。日本は世界的にみても水資源に恵まれた国である。降雨量が少ないと水不足や、また大雨では水害が起きるけれど、基本的に日本の短く急峻な地形のため、水は飲料に適した軟水が豊富にある。ペットボトルの水は、地中から汲み出して加熱殺菌、ボトルに詰めて輸送という経路をたどり、さらにペットボトルの製造プロセスとその廃棄も加えると、環境への負荷は水道水の何千倍にもなる。海外からの輸入水であればなおさらだ。

こうして環境への影響を考えて水道水を飲むようになったのだが、米国の友人から、最近は米国の高級レストランでも環境面と価格面の両方の理由から、瓶のミネラルウォーターを出さない店が出てきているという話を聞いた。米国の普通の飲食店は水道水を出すところが多いが、高級とされる店ではミネラルウォーターやガス入りの水を出して高いお金を取っている。それはあたかも水道水よりもボトル入りのミネラルウォーターがよいという宣伝広告が浸透しているからである。

水道水を飲んでいるから言うわけではないが、ミネラルウォーターだから本当に安心だといえるのだろうか。水は地球環境の中で巡っている。使い捨てされるペットボトルや、輸送にかかるエネルギーだけでなく、産業廃水や生活廃水、大気汚染によって、「名水」と呼ばれる天然の涌き水であっても、いや、天然であればなおさら水はさまざまな影響を受けているはずである。また、水道水が健康に悪いというならば、喫煙、大気汚染や食品汚染のリスクはいったいどうなるのだ。

松岡農林大臣のホームページには、“『水と緑と食を守る』 21世紀における地球規模の人口・食糧・環境問題に全力で取り組む”とある。大臣の立場にいながら水道水は飲むに値しないなどと言わず、水質を上げるための行動をとっていただけることを切に願いたい。