No.785 逃亡者加える必要があるか

来る参院選に、フジモリ元ペルー大統領が国民新党から比例区の公認候補として立候補する。

逃亡者加える必要があるか

この国民新党の意思決定がどのようなプロセスを経てなされたのか私には分からないが、ペルー政府から身柄引き渡しが求められている人物が、なぜ日本で政治家となる必要があるのか、日本のためにいったい何ができるのか、何をしてくれるのだろうか、と思う。

会社経営の傍ら、私はこのような執筆を通して意見発信をおこなっている。最も声を大にして言いたいことは、繰り返し書いているが、民主主義国家において国民は、政府や政治家や政党をしっかりと選び、監視する義務がある、というものだ。自分が選挙に行かないか、または何も考えずに投票しておきながら、その政府が次々と国民を分断させる、つまり貧富の格差を大きく広げる政策をとっていると、泣き言を言うだけではあまりにも無責任だ。

例えば、2006年の一般会計決算で、国税収入が49.1兆円程度と、税収が予想より少なく補正予算の見積額に約1.4兆円足りなかったという。当然である。所得税が見積もりより5千億円少なかったのは、高額所得者が減税の恩恵を受けたからだ。一般の勤労者ではなく富裕層のための政策を次々と推進する安倍政権の政策の一つである証券優遇税制では、上場株式の売却益と配当の税率が20%から10%に引き下げられた。だから税収が減少したのだ。消費税は予想通りだったから、現与党政権のままだと、次は減った所得税や法人税の分を消費税増税で補てんしようとなるだろうことは、火を見るより明らかである。

ちなみに公開された国会議員の所得では、81人の国会議員が、所有する株式の配当や売却で、総額3億6182万円を得ていたというから、金持ちのための、金持ちによる政治、といっては皮肉すぎるだろうか。

話題をフジモリ氏に戻そう。なぜ今、国民新党は彼を擁立するのか。亀井静香氏はそれについて「日本国籍があるのだから何の問題もない。選挙活動のために日本への出国を認めるべきだ」と述べているというが、問題は山積みだ。

1990年に大統領に就任したフジモリ氏は、ペルー国営企業の民営化、汚職撲滅、左翼と麻薬組織の退治などを掲げて活躍した。しかしそれと同時に、さまざまな人権侵害や汚職事件にかかわったとして、現在チリで軟禁されており、ペルー政府によって身柄の引き渡しを要請されている。2000年、大統領選で三選を果たした後、フジモリ氏の側近が野党政治家にわいろを渡すスクープが暴露されると、突然フジモリ氏は大統領辞任を表明した。そして、その後、国際会議の帰りに日本に立ち寄り、そのまま日本に亡命をすることを発表し、大統領を辞表することをファクスでペルー議会に送った。そしてフジモリ氏は日本との二重国籍であることも、そこで明らかにしたのだった。

フジモリ氏が日本の政治家になるには、少なくとも二つ問題がある。一つは、ペルー大統領時代に行った行為だ。一国の大統領だった人間として、まずは汚職や無実の人をゲリラだとして殺した疑惑など、真相の究明をし、責任を取ることだ。身の潔白も証明せず、別の国で再び政治家になろうとするのは、あまりにも虫がよすぎる。

もう一つは国籍である。私が日本に帰化したときに法務省から言われたのは、日本は二重国籍を認めない、というものだった。ペルーも二重国籍を認めていない。ところがフジモリ氏は、ペルー大統領に立候補したときに日本の国籍は持っていないとペルーの有権者を欺いて当選した。大統領在任中も、日本人であることを隠し続け、公表したのは日本への亡命後である。2005年に再びペルー大統領選挙にでるために、フジモリ氏はチリに渡ったのだから、おそらく今でも二重国籍のままであろう。

日本との二重国籍をこのように利用する人物が、国政の場にふさわしいとはどうしても思えない。それに、もしフジモリ氏が日系アメリカ人で、アメリカ政府から訴追されている人物だったら、果たして国民新党は彼を選挙に擁立しただろうか。フジモリ氏立候補の話はあまりにもショックだったために、その思いを、友人である国民新党の議員に電話で告げた。

日本国籍しか持たなくとも、売国奴のような行為をする政治家はいる。何もそこに、外国からの逃亡者を加える必要があるとは、私には思えない。