日本が米国のような格差社会になりつつあることは、さまざまな統計に示されている。それでも、まだ米国ほどの格差にはなっていないことは救いであるし、なってはならないと心から思う。
幻想のアメリカンドリーム
これまでに日本がたどってきた社会変化を振り返ると、米国で起きていることの多くは日本も同様の経過をたどる。価値観やシステムを模倣し、取り入れていればそれは当たり前のことなのだが、危惧すべきはその速度が年々速くなっていることだ。だからこそ日本人となった今、違う意味で米国で起きていることがとても気になる。
アメリカンドリームという幻想を多くの日本人がいまだに信じているのは、米国の真の姿を知らないからであろう。日本のメディアは映画などを通した虚像や、ビジネスで成功した一握りの米国人の姿を通して、彼らがあたかも米国人を代表するかのように伝えている。しかし2006年度における米国の貧困率は12.3%、貧困層に属する米国人は3,650万人を超える。そのうち約3分の1は子どもたちで、まともな食事もとれていないと言ったら誇張していると思われるかもしれないが実はそれが米国の現実だ。
米国で話題となっている「食」には二つの側面がある。一つはオーガニックフード(有機肥料などを使って栽培された農産物)への人気の高まりだ。有機農業が米国で注目され始めたのは80年代終わり頃、リンゴに使われた農薬に発ガン性があり、とくにそれが子どもに高い危険性があるというデータを環境保護団体が発表した時である。ハリウッドの映画女優が、危険なリンゴを許すべきでないと主張したこともあり、消費者は農薬の危険性に気づき始めた。こうして、ハリウッドのセレブリティをはじめ高所得者層の人々から安全な食品を求める声が高まり、消費者の選択肢が増えていった。
しかしもう一つの側面、低所得家庭では、食の「安全」を考える以前の問題がある。選択肢というのは、お金があったうえで行使できる権利であり、低所得者の住む地区にはオーガニック製品を販売している店そのものすらない。コネチカット州の非営利団体「ハートフォードシステム」の報告書によると、低所得者層を対象に行った調査で、彼らの住む地区には質のよい新鮮な食料品を販売する店舗がなく、またこの地区の住民のほとんどはアフリカ系とヒスパニック系で、肥満が蔓延し、糖尿病の割合は米国平均より2~3倍も高かったという。新鮮な野菜を買うためにはバスを乗り継いで買い物へいかなければならず、いかにオーガニックが身体によいとわかっていてもそれらを買うことは問題外、というものだった。そして貧困層の人々は化学物質を大量に使用したジャンクフードを常食することによって、貧しいにもかかわらず肥満、そして病気という悪循環に陥っているのだ。
ニューヨークタイムズ紙は以前、妊娠をきっかけに子どもには自然のなかでオーガニックフードを食べさせたいからと引っ越したある夫婦を「スタイル」のページで取り上げたが、たしかにこれこそ現代のアメリカンドリームかもしれない。しかしオーガニックを食べるために引っ越せない人、それどころか地元でできた新鮮な野菜を買うこともできず、添加物漬けの古いソーセージのような加工品しか買えない米国人には、夢の、また夢の話だ。地元でとれた新鮮な野菜を売る「ファーマーズマーケット」が全米のあちらこちらで開催され、人々に好評だという記事を以前読んだが、このマーケットに買い物に行くこと自体が、格差社会の米国ではできる人とできない人に大きく分断されている。
食について米国と大きく異なるのは、日本には長い伝統に裏づけられた食文化があることだ。しかし格差がさらにひろがれば、安くて不健康な食を消費せざるをえない人々が日本でも増えかねない。ローファット、サプリメント、ダイエット、等々、米国からさまざまな情報が送られてくるなかで、賢明な日本人には、不健康な国民がもっとも多いのが米国だということを知って欲しい。そして長い時間をかけて作られた日本の文化や伝統には、先人たちの知恵がつまっているということも覚えていて欲しい。