米国政府が電話会社を使って盗聴を行っているというコラムで、米国がいかにジョージ・オーウェルによる『1984年』に出てくる独裁国家に酷似しているかを書いたが、それを裏付けるような出来事が続いている。
恐怖感あおる外交政策
ニューヨーク州知事だったエリオット・スピッツアーが、ワシントン市内のホテルの客室で高級売春クラブで「買春」をしていたことが米FBIの盗聴で明るみになった。ニューヨーク・タイムズ紙によるとスピッツアーは訴追はされていないが、「家族に対する義務、善悪の判断力に違反した」行為の責任をとり辞任したという。
私はスピッツアーの辞任を惜しんでいるのでも、買春を容認しているのでもない。彼は大金持ちだし、売春クラブの10年来の常連でそこに何万ドルつぎこもうとそれは彼のお金であり、モラルの問題だ。しかし私が言いたいのは、なぜ今、FBIのおとり捜査で買春が公になったのかということである。
FBIが売春クラブを盗聴していたのは、政府がかかわる銀行取引に関する捜査のためであったらしい。そこで「顧客9番」だったのがスピッツアーだが現時点で訴追されてはいない。さらに顧客1番とか顧客8番といった、その他の買春をしていた人々の名前は明らかにされず、元知事の名前だけが発表された。政治家を失脚させるにはこれほど明らかな手口はない。10年来、売春クラブの常連だったことを考えれば、FBIは彼を辞任させるためにタイミングをみはからってその汚点を公開すればよいのだ。問題はなぜスピッツアーが今辞めなければならなかったかだが、私にはわからないがワシントンの誰かは知っているにちがいない。
この事件でもう一つ報じていないことは、米国では国民の金銭取引が常にひそかに調べられているということだ。USA Today紙によると、米財務省には“金融犯罪執行ネットワーク”という情報システムがあり、そこには預金、引き出し、小切手の現金化などの膨大な記録が保管されており、疑わしい取引は全て監視できるようになっているという。この監視システムはクリントン政権から始まり、ブッシュになってさらに強化された。もはや米国民は、電話や電子メール、そしてお金のやり取りなど、すべて政府に監視されているといっても過言ではない。これらの監視システムは、「テロとの戦い」の名の下に行われているが、誰がそれを信じるだろう。
国家安全保障を目的とする米国保護法(Protect America Act)は、国民の愛国心に訴え、米国を警察国家に仕立て上げた。そして多くの米国人はそれに気づくことなく受け入れている。しかし愛国主義とは、監視社会を受け入れることでも、ビッグブラザーの言いなりになることでもない。
オルブライト元国務長官は、米紙への寄稿で、ホワイトハウスは「恐怖感」をあおる外交政策をとりすぎていると指摘した。確かに、人間は恐怖によって適切な行動をとれなくなり、また他者を尊重することができなくなる。恐怖心にとらわれた米国民は、イラクやアフガン戦争にも政府の違法な電話盗聴にも、マヒ状態に陥っているのかもしれない。
しかしスピッツアーに関していえば、サブプライムローンの破綻からウォール街が窮地に陥っている今、なぜ突然辞任に追い込まれたのか。これまで彼がウォール街の不正取引を告発してきたことを考えると、失脚させることで何かを隠そうという大きな力が働いていることだけは間違いないだろう。