No.848 自由市場主義を正すとき

ウォールストリート(金融業界)よりもメインストリート(一般の人々)のための政治を、というスローガンがオバマ候補を当選させた要因の一つだと言えるほど、先進国における金融制度がバランスを欠き、人々に害を及ぼすほどになったことが今ほど明確になったことはない。

自由市場主義を正すとき

一般の人々とは、労働によって給料を手にし、その一部か全部を日々の暮らしのために消費にあてるか、教育費や住宅購入のため、または将来に消費するために預金に回す人々のことである。ここで生産や消費されるものは実体をともなったもので、それが世界貿易の取引額やGDPの数字にあらわれる。

一方で金融業界が行っているのは、外国為替への投資や、株や土地、為替その他さまざまな投機対象を組み合わせたデリバティブなど、お金からお金を生み出そうとする試みである。この実体のない取引額がGDPの何倍にも膨れ上がり、その間、ウォールストリートには何億円ものボーナスがばらまかれてきた。この虚構の金融システムが行き詰まり、一般の人々には借金と住宅ローンが残され、景気後退によって雇用は急激に悪化した。

大統領選挙前の討論会で、減税と自由市場主義を重視するマケインに対して、政府支出による支援を拡大して国民経済を活気付ける「大きな政府」主義を打ち出したオバマが国民の支持を得たことは、アメリカがケインズ主義を求めたこと、経済がそこまで瀕死の状態にあることの表れである。

銀行とは、お金を預けておいて使いたいときにおろすところであり、金融とはこれらの預金を投資に循環させ、それによって社会全体の需要や生産、雇用をバランスのとれた割合に維持することである。自由市場主義者はこれをすべて市場にゆだねればうまくいくと主張したが、ケインズはそれに異をとなえた。金融は短期的で実体経済よりもずっと早く動いているため、預金の流れと金融資産の価格は政府によって監視されるべきだとした。ケインズ主義とは、景気後退期には政府が借金をして公共投資を行うことでバランスをとるというものである。

市場が追い求めるのは利益だけだということを、われわれはいやというほど眼にしてきた。だからこそリスクを管理し、銀行や借り手を助けるための長期的な構造は政府が作らなければいけないのだ。

私は揶揄されながらも著書やこのコラムで、10年以上社会に害を及ぼすマネー資本主義に警鐘をならしてきた。金融市場の規制を取り払い、金融業界に支配される社会は海賊に国をわたすようなものだと。しかし10年、いや5年前でも、このような意見は少数派で改革のための素地はまったくなかったし、大きな政府は悪いことだとされた。(いまでも竹中平蔵氏など、そう主張する人は多い。)危機的な状況に陥り、オバマ氏をアメリカ国民が大統領に選んだ今こそ変革のチャンスである。

日本も同じである。食糧自給率とエネルギー自給率の向上、国民皆保険制度の充実、高齢者や病弱で働けない人のサービスの提供など、個人では提供できないさまざまな公共事業を政府が行うことで経済は循環し、より多くの国民の生活が安定する。市場の力が国民の利益を推し進めるという信念は、もともと大きな政府に対する政治的敵意から生まれた。それが行き過ぎて現状をもたらしたのだが、それはもはや過去のことだ。今こそ過去を再考し、行き過ぎた行為を正す努力をする時である。