今年も、新年にあたってお客様に向けて、私が日頃から考えていることをお話しさせていただいた。
私が考えるカジノ経済の弊害(1)
はじめに
2009年が始まり、明るく楽観的な話をしたかったが、今の経済状況をみるとそれは難しいようだ。日本経済は今、どの分野をみても落ち込んでいる。
販売額や生産高は減り、投資は減少、社員を削減し、それでも利益は減っている。雇用や所得が減れば将来を考えて消費者はさらに購買を控えるようになる。IMFの最新の予測によれば、世界は今、第二次世界大戦以降、最悪の景気後退に直面しているという。
しかし、ビジネスと経済は、人生における重要なもののうちわずか2つの要素にすぎず、私はそれよりも、健康や幸福の方が大切だと思う。従ってビジネスや経済だけにとらわれるのではなく、本当に大切なことは何かを考えれば、たとえどのような状況にあっても、新しい年を迎えられたことに感謝しつつ、幸せで健康な一年を過ごせるように祈ろうという気持ちになるだろう。
さらに私は次のことを信じているから、他の人よりも楽観的である。
(1)この問題をもたらしたのは私たち自身であり、外から押し付けられたものではない。 (2)この問題が私たちに及ぼす被害を最小にすることができる。
(3)この問題が再発する機会を、最小にすることができる。
日本の経済問題の近因
世界そして日本経済を悪化させたのは、アメリカのサブプライム問題だといわれている。しかし、なぜアメリカで起きた問題が日本に影響を及ぼすのだろうか。それについて私が思いつくのは次の2つの理由である。
- 日本の金融機関がアメリカ市場で博打をしているから。つまり、サブプライムローンやその他アメリカで行われている博打行為に、日本の金融機関が多額のお金を貸し出しているから。
- 日本の大企業の多くが輸出中毒になっており、そしてその主要な輸出先がアメリカだから。
アメリカ経済がサブプライム問題で悪化したために日本が影響を受ける理由は、これら以外の原因は考えられない。そしてこれが日本経済が落ち込んでいる原因なら、それは日本の問題である。なぜなら日本の金融機関や輸出企業の行動をコントロールするのは、他でもない、日本の責任だからである。そして、我々はこの問題の再発を防ぐ力も持っているはずだ。
日本の経済問題のより深い原因
日本が直面している問題の根本的な原因は、日本が「カジノ経済」になったことにある。
1.外国為替
2007年、世界では1日に452兆円(約4.5兆ドル)の外国通貨が売買された。1日あたりの外国通貨取引高は、過去20年間で6倍以上に増えている※1。また、外国通貨の取引額は世界貿易額の86倍もあり、1年間で世界のGDP合計の27倍にもなる※2。
これはつまり、1年間の外国通貨の取引額が、1年間の製品やサービスに関する世界の貿易額の86倍にものぼり、また1年間に全世界で生産、消費された製品やサービスの総計の27倍にもなるということである。
これはまったくの博打である。より正確に言えば、世界貿易(および海外旅行も含む)に必要な金額は、外国為替取引全体のわずか1%に過ぎないということであり、残りの99%はまったくの博打なのである。それは、例えば円をドルに交換し、そのドルの価値が上がったらそれを売って円に替えて為替差益を手にするという、その儲けのためだけに行われていることだ。
このような博打が行われるようになったのは最近のことである。1971年、ニクソン大統領の「米ドルと金の交換停止」の発表により、事実上、金本位制度が廃止されるまで、主要な国家の通貨は金に対して固定相場であったため、通貨は相互に固定した金額で対比され、通貨価値の変動を狙って売り買いされることはなかった。
円だけをみると、1日に外国為替取引の約8%に当たる金額が売買されている※3。つまり、1日に452兆円の8%、36兆円が売買される。日本の1年間の貿易額は約157兆円(2007年)なので、約4日分の日本円の為替取引が1年分の日本の貿易額と同じになる※2。
言い換えると、1年間の外国為替取引高は日本の1年間の貿易額の84倍にものぼる。したがって、円の通貨売買にかかる金額の1%以下で製品やサービス(海外旅行含む)をカバーでき、99%以上は、円が他の通貨に対して上がったり下がったりすることに賭ける、純粋な博打なのである。
2.金融デリバティブ
2001年に、アメリカの商業銀行が保有するデリバティブは約4,200兆円(42兆ドル)といわれた。そのわずか6年後の2007年、その額は17,000兆円(170兆ドル)にも増加し、これは全世界の経済(全世界のGDPの合計)の約3倍にもなる※4。
デリバティブとは何か、いろいろ調べてみたがほとんどが専門用語でわかりにくい。その中で、金融デリバティブをわかりやすく説明している文章を見つけたので例示する。
ニューズウィークなどにも寄稿しているアンドリュー・レオナルドというSalon.comのシニア技術ライターは以下のように説明している※5。
たとえ話をしよう。リアル・エコノミーはスーパーボウルのようなものだ。本物の人間が実際の競技場で本物のボールを使って互いに一定時間競技をする。点数を多く入れた方が勝つ。しかしこれが行われている間に、この試合に参加していない数百万人の観衆がその結果に賭ける。または結果だけでなく、どれくらい差がでるか、どちらのチームのクォーターバックが最初に怪我をするか等々、賭けに乗る人がいればあらゆるものに賭けることができるのだ。賭け事経済、これがアンリアル・エコノミーだ。スポーツの賭けと同じく、どんなにばかげていても金融分野で行われている価値や意味は、競技場で起きていることから派生する。理論上は、賭け事経済は実際の試合とは別の次元に存在するが、それは真実ではない。博打には巨額のお金が関与しており、その結果を都合のよいように変えたいという耐え難い誘惑が生じるからだ。例えば、プレーヤーもレフリーも、買収されることがある。NBAオフィシャルが買収されるのは、スポーツが賭け事になったためだということができる。
そしてまったく同じことがリアル・エコノミーとアンリアル・エコノミーでも起きる。住宅部門に関連したデリバティブの賭けには巨額のお金が賭けられていた。そのためウォール街の投機家たちは、基本的に自分たちが儲かるように、住宅部門を操作したのである」
もう1つのデリバティブの説明は、China Investment Corporationの社長、Gao Xiqingによるものだ。同社は中国の海外資産のうち20兆円(2,000億ドル)を管理し、中でも、ただ単に米国債を保有するのではなくブラックストーン社やモルガン・スタンレー社の株を買うなど、最も目立つ投資を行っている※6。
つまり、金融デリバティブとは単なるツールに過ぎない。実体経済の上で博打をするための、極めて複雑なツールなのだ。しかし実体経済そのものよりも、実体経済に対して賭けられたお金が何倍にも膨らんだ時、この博打は実体経済そのものを簡単にぶちこわすことができる。それが今現実に起きていることだ。これは1929年の株式市場の暴落以来最大規模のものとなるだろう。
3.株式市場
10年前、日本の全証券取引所では日本のGDPのおよそ4分の1にあたる金額が取引されていた※7。過去10年間に日本のGDPはほとんど増えていないが、株式売買代金は6倍に増え、GDPの半分以上になった。
企業の株式による資金調達額は、この株式取引全体のわずか1%未満である。残りの99%以上は、すでに発行された株式を投機家、投資家が値上がりを期待して行うものである。新規発行株と違い、これはいくら取引が増えても企業の資金を増やすことはない。
つまり、株式取引の99%は、賭けに勝った人が儲かり、負けた人が損をする博打である。これが日本経済にどのように貢献しているというのだろう。また、経済を循環させるために企業の資金調達に使われるのがわずか1%の取引だけだと考えると、このやり方は資本を集めるためには極めて非効率で無駄なやり方だといえる。
4.規制緩和
カジノ経済を可能にしたのは、アメリカが1980年頃から始めた金融規制緩和であった。以来、カジノ経済は急速に広まり、実体経済を破壊するまでになった。
カジノ経済が癌のように広まるのと並行して、アメリカでは研究開発や製造が減少し、産業基盤が空洞化して貿易赤字や財政赤字が増大した。失業率が増えて貧富の格差が広がり、その結果、アメリカの大部分の国民の生活水準は大きく低下した※8。
さらにアメリカは多くの人を貧しくして少数の人を富ませ、また自国の経済と社会を破壊させるだけでは満足せず、他の先進国にも規制緩和と民営化を迫っていった。その一方でIMFを使って途上国にも同様のことを行った。
今苦境に立たされているのが、アメリカの要求に屈服した国、特にイギリスと日本である。
日本における規制緩和や民営化の始まりは、1983年、日銀第22代総裁(1967~1974年)を務めた佐々木直による「世界国家への自覚と行動」(通称佐々木リポート)である。その内容は、市場開放と自由化、官僚の規制や指導の禁止、産業構造の変革を求めるものであった。
これに次いだのが1986年に出された前川リポートで、日銀第24代総裁(1979~1984)前川春雄を中心に提出された。
「前川リポートはアメリカ側通商代表の要望リストのようだった。リストはまず行政改革からはじまった。基本的には規制と許認可を中心としたシステムから市場メカニズムに基づく「原則自由、例外制限」という体制に転換する。また輸入の増大、市場アクセスの改善、それに「規制緩和の徹底的推進」が目標とされた。要するに、目標は政治体制そのものの変革、戦時経済体制の廃止、アメリカ流の自由市場経済の導入だった」(『円の支配者』リチャード・ヴェルナー著より)※9
アメリカからの要望を翻訳しただけの、佐々木、前川リポートの青写真を実行に移したのが、小泉純一郎、竹中平蔵といった人々だった。
5.貸し渋り
佐々木、前川を経由してアメリカ政府が行った「日本を変える」作戦の1つは、金融ビッグバンであった。この金融規制緩和が、日本の経済と社会に大きな被害をもたらしたのである。
1997年末に、1998年4月1日から外国為替を規制緩和すると発表してから、2008年までの間に、日本の銀行の預金残高は84兆円増えた。しかし、その一方で日本企業や個人への貸付残高は136兆円減少した
※10。
つまり、1998年から日本がゼロ成長という景気後退期に入ったのは、220兆円(預金増加分と、貸付減少分の合計)が日本経済から流出したことが大きな原因だと私は見ている。もし銀行が「貸し渋り」をしていないというなら、貸付残高の減少分、預金残高の増加分はどこへいったのか。
他の企業と同じく、銀行は一定の規制の下、可能な限り早く、多くの利益を手にするための施策を自由にとることができる。たとえその行動が日本経済や社会にマイナスの影響を及ぼそうとも、多くの利益を手にすることを求めるよう、常に駆り立てられている。
なぜならカジノ経済においては、銀行同士だけでなく、あらゆるものが競争相手となるからだ。
例えば東証では上場企業すべてが競争相手である。またそれは国内に限らない。投資家や投機家が売買することで利益を得られるものであれば、海外の株式、外国通貨、デリバティブ、様々な金融商品など、あらゆる博打の相手がライバルとなる。
民間銀行も、またその他の上場企業も、その配当金や株価を他の国の銀行、他の企業よりも高くすることに必死である。またそれだけではなく、投資家や投機家が取引をすることで利益を得られるもの、つまり、あらゆる博打の相手がライバルなのだ。
そしてもし銀行の株価や配当が、投資家や投機家に魅力のないものであれば、投機家はそれを売却する。株価が急落すれば銀行は買収対象となったり、倒産の危機に陥り、預金者や社員、関連業者に対して責任が取れなくなるかもしれない。
事実、アメリカ大手企業CEOの80%は、アナリストが発表する四半期の利益予測にあわせて、研究開発費、広告費、その他の保守費用を削減したり、採用や新規プロジェクトを延期すると答えている※11。
日本がアメリカと同じカジノ経済になれば、日本企業もアメリカ企業と同じ行動をとるのは仕方がないことであろう。つまり銀行は、国内外の投資家・投機家を喜ばせるために、より早く、多くの利益を出して株価を上げ、配当を増やそうとした。日本の企業や個人に貸し出しをするより、国債を買ったり海外に貸付や投資、投機をした方が利益がたくさん得られるのであれば、銀行はそちらを選んだ、ただそれだけのことなのである。それが日本の銀行の220兆円が向かった先だと私は思っている。
こうして、外国為替が規制緩和される直前の1997年末あたりから、日本の銀行は企業や個人に貸し付けるかわりに、海外での貸し付けや投資、投機、または日本国債の購入を選んだのである。
投資家や投機家についても同様である。貪欲な投機活動がよく話題になるが、年金基金など、人々の預金や資金その他を投資している担当者は、ただ、最も高い持続可能なリターンを得るような投資をせざるを得ないだけなのである。つまり正直な投資家であっても、なるべく早く多くのリターンを得られるところに資金を賭けなければならない。それがカジノ経済のルールだからだ。
銀行や投資家のこのような行為を非難できるだろうか。規制緩和とは、「保護をなくす」ということである。日本を今日の窮状にしたのは、アメリカの圧力に屈して規制をなくし、それによって日本をカジノ経済に引きずり込んだ日本の政治家と官僚である。その臆病で愚かで腐敗した彼らのせいで、日本国民は今その代償を払わされている。
6.改悪された日本
アメリカを崇拝する日本の政治家、官僚たちは、こうして日本の経済、社会を改革してきた。いや、正しくは「改悪」であろう。佐々木レポート以前、日本経済は年間10~15%で成長していたが、佐々木レポート以降は5%になり、今では退行している。
佐々木、前川、そして小泉、竹中による改革が日本にもたらした破壊と貧困の指標を挙げてみる。
- 失業率は50~60%増加※12
- 生活保護世帯数は13%増加※13
- ジニ係数によると所得格差は10%以上広がった※14
- 犯罪は19%増加※15
- 自殺は35%増加※16
<出所>
http://en.wikipedia.org/wiki/Foreign_exchange_market#Market_size_and_liquidity
http://en.wikipedia.org/wiki/Foreign_exchange_market#Market_size_and_liquidityの”Most
traded currencies” の表を参照
(取引量の合計は200%:100%は売り手、100%は買い手)
http://www.alternet.org/story/112166/
http://www.salon.com/tech/feature/2007/08/17/wall_street_panic/index.html
http://www.theatlantic.com/doc/200812/fallows-chinese-banker
http://prorev.com/2009/01/indicators-economy.html
http://www.ashisuto.co.jp/corporate/totten/BigBangDrainsEconomy.pdf
http://www.alternet.org/story/112166/?page=entire
http://www.ashisuto.co.jp/corporate/totten/JapanHouseholds_Welfare.pdf
http://www.ashisuto.co.jp/corporate/totten/JapanIncomeGap.pdf