No.868 「組織のニッポン力」があなたの企業を危機から救う

週刊ポストに、「世界同時恐慌」を1年前に予言し危機を共有化した「武士道経営」について取材を受けた。その取材記事を、許可を得て転載する。

「組織のニッポン力」があなたの企業を危機から救う

(週刊ポスト 2009年4月3日号より許可を得て転載)

「世界同時恐慌」を1年前に予言し危機を共有化した「武士道経営」

今回の危機を1年前に警告し、全社員にメールでそれを伝えて対応策を共有しようとした経営者がいる。1972年創業のソフトウェア商社・(株)アシスト代表のビル・トッテン氏(67)だ。

1969年に来日、日本が好きになり72年にアシストを設立。社員数760名、2008年度は売上高200億円、当期利益2億円を計上する。

20年前から「米国流のやり方では日本はダメになる」と著作を通じて発信し続け、3年前に日本国籍も取得した。妻は日本人だ。

東京・市ヶ谷の本社を訪ねて驚くのはオフィスのシンプルさだ。広々としたフロアにテーブルが並ぶほかは、社員の私物を入れる壁際のロッカーだけ。その日の気分で好きなところに座る「フリーアドレス制」をとっている。社長も役員も例外ではない。空いている席に座って仕事をする。平均年齢35歳の社員たちは社長を「ビルさん」と呼び、社長や役員が自分の隣に座っても「特に気になるということはない。自分の考えを直接伝えられるし便利です」(40代、事業部男性社員)と笑う。さらにこう続ける。「ビルさんのDNAは僕ら社員の中に自然に浸透している。役員面接後にビルさんの著作を渡され、自分に合う会社だと思ったら入ってほしいと言われるんです。入社後もそれはバイブルになっています」

顧客、社員、ビジネスパートナー、アシストの理念は“人を大事にする”こと。それが社是であり社章も漢字の「人」を象っている。

トッテン氏はこういい切る。「僕の仕事は社員の健康と幸せを守ること。管理はしないが応援はするというスタンス。管理するのが嫌いなんです」

経営者は性善説に則っているべきともいう。「会社のため=自分のため、その比率が1対1になっているのが理想の社員。うちの社員は皆そうだと信じること。その上で多くの自由を与えたほうがいい結果を生む。40年前の日本企業にはそういう風土があった。武士道にもつながる道徳中心の戦前教育を受けた日本人は皆そうです。和を重んじ、苦しいときは助け合う」

終身雇用は制度ではなくトッテン氏の信念。バブル後の不況、IT不況でもリストラはしていない。「でも今回の恐慌はこれまでの不況とは違う。1929年の世界恐慌よりもひどい」

危機の1年前からそれを予測できたのは祖国であるアメリカ型経済の欠陥を知り尽くしていたからだ。全社員に宛てたメールには、近い将来に世界経済が大きく衰退する可能性が高く、リストラはしないが一律減給の可能性があること、対応策を共有したいと呼びかけ、「少ない収入が健康や幸福を少なくするだろうか」と問うた。さらに危機が現実となった昨秋には役員全員に「リストラはせずに累進的に減給する」という「宣言書」を書かせ、役員報酬を半減する可能性を伝えた。

社員たちの反応も早かった。「びっくりしました。当時は好況だったし、またビルさんが変なことを言ってると(笑い)」(30代、顧客支援部男性社員)

それでも社員の中から自発的にプロジェクトが立ち上がる。「横ばい」と「半減」の2ラインに分け、それぞれのリスクを洗い出し、社員としてどう対応するかを半年かけて話し合った。「冗談や愚痴も多かったけどアイデアもたくさん出た。けっきょく景気や給料うんぬんより、会社の中のモチベーションをいかに楽しくするかに終始した。みんなで乗り越えようという確認と、心の準備ができた。メールをもらってよかった」(前出・事業部社員)

その後、公式に発足した今後の会社方針を考えるプロジェクトに、そのときのアイデアが盛り込まれた。同僚の業務を助けるとポイントが与えられ、それが溜まると社から感謝状が贈られる「アシストポイント制度」も検討されている。「会社の成績はボーナスで評価してもらいたいけど、“人への心遣い”は感謝状で褒めてほしい。贈られるのが現金やモノでないところがうちらしさ(笑い)」(30代、事業部女性社員)

社員として何ができるか。熱い議論を支えたものは、会社は全力で自分たちを守ってくれるという信頼と「この会社にいたい」という社員たちの思いだろう。

前出の事業部男性社員は同業他社から転職してきた。「転職して一番違ったのは、時間がたつのが早いこと。前の会社では一日がすごく長かった。ということは、楽しいんだなと(笑い)」