No.879 「海賊」と呼ばれる抵抗

自衛隊がアフリカのソマリア沖で、“船舶を海賊から守る”ための活動を開始した。この21世紀に、再び海賊との戦いが始まると誰が予測しただろう。

「海賊」と呼ばれる抵抗

数年前に読んだジェームス・カンスラーの「Long Emergency(長びく緊急事態)」という本に、石油減耗によって工業時代が終焉を迎えるにつれ、海賊行為が復活するという警告がなされていたことを思い出した。

カンスラーの本は、人類は石油文明の末期に向かっていて、もう何をしても手遅れでこれからは長い緊急事態の時代が続くだろうという悲観的な内容であった。科学技術がすべて解決してくれると信じている人々からは黙殺されたが、カンスラーは、石油によって支えられた時代の終わりには、残る石油や資源をめぐる戦争、病気、飢餓、そして政府の崩壊が起きるだろうと、静かに警告したのである。

海賊とは、武装した船で海を横行し、武力を用いて航行中の船から収奪を行う勢力であり、その海賊退治のためにソマリアには米英、中国など約20カ国が艦艇や航空機を派遣している。そこへ日本が自衛隊を派遣することの合法性はここではさておいて、今回はイギリスのインディペンデント紙に掲載された興味深い記事をとりあげたい。ソマリアの海賊たちがイギリス海軍が誇る軍艦を襲ったが、由緒ある王立海軍の反撃に海賊はあきらめて降伏したという事件の裏で伝えられなかったことを報じたものだ。

国家としてのソマリアは1991年に崩壊して以来、国際的に認められた政府はなく、内戦状態が続いている。900万人のソマリア国民は飢え、平均寿命は50歳にもならない。取り締まる政府のなくなったソマリアの沖合いは、欧米諸国の毒物の廃棄場となった。2004年暮れのスマトラ沖地震のあとアフリカ東海岸を襲った津波は、廃棄された放射性廃棄物や有害な化学物質をソマリアの海岸に流し寄せた。ソマリア国民の間で健康被害が発生し、国連が調査した結果、有害化学物質によるものであることが明らかになった。

またソマリアの漁師達は、外国の漁業船団がソマリアの漁資源を略奪していると国連に苦情を申し立ててきた。しかし国連はそれに対応することはなく、海域をパトロールする他国の戦艦も不法投棄する船をだ捕することはなかった。これらを解決するためにソマリア人漁師が武装し、沿岸で行っているのが「海賊行為」と呼ばれている。海賊の中には、一部の報道にあるような身代金を目的とするプロの犯罪集団がいることは確かであろう。しかし日本をはじめ、どこの国にもやくざやギャングはいるのだ。

先進諸国は、仲間の行う不法投棄を取り締まり、ソマリア沖の魚が貧しいソマリア人の収入につながるようにすべきだが、そうした仲間の犯罪は見逃し、その一方でソマリア人は海賊と呼ばれ、軍艦によって駆逐されようとしている。

私は海賊やその行為を美化するつもりはまったくない。しかし先進国が圧倒的な優位で支配する体制の下、これ以外にどのような抵抗がソマリア人にできるのだろう。国家の保護もなく、飢餓や犯罪が蔓延する状態で、ただ生きるために海賊になる人を平和な国に住むわれわれが裁くことはできない。

カンスラーの警告どおりであれば、石油文明の末には海に囲まれた日本も海賊の被害が出始めるであろう。長い日本の歴史に海賊は多く登場する。そして歴史はほとんどの場合、繰り返されるからだ。