No.887 支配者は飢えない

イタリアのラクイラで開かれたG8サミットで、中国、インド、メキシコ、ブラジル、南アフリカなどを含む拡大会合が開かれ、貧困国の食糧確保を助ける援助として、今後3年間に約1.8兆円を捻出することを誓約した。

支配者は飢えない

国連食糧農業機関(FAO)によると、飢餓人口は過去2年間に増大し、年内に世界で10億2,000万人に達するという。その解決策が、貧困国の農業生産高の増強と生産力の向上のために農業に対する投資を増加させるべきというものだ。

しかし同時にFAOによると2008年は小麦と米の生産量は過去最高であった。つまり足りないのは食糧ではなくお金であり、飢餓に瀕しているのは貧しい10億人の人々なのである。これでは生産高や生産力をあげても飢餓問題が解決できるとは思えない。

農業支援といえば、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団とハワード・G・バフェット財団は、昨年の国連総会で、開発途上国の貧困農家の収入向上を支援する画期的な計画を発表した。

「パーチェス・フォー・プログレス(Purchase For Progress、略称P4P「前進のための食糧購入」)」というもので、国連食糧計画(WFP)が途上国の小規模農家から作物を買い取り、それを食糧支援に用いる。貧しい小規模農家に確実に収入が入ることでローカル経済の活性化につながり、貧困農家の収入アップは飢餓や貧困の根本的解決につながるという。そして最終目標は、農家はWFPに売るだけではなく、ローカルの農作物市場へアクセスして直接農作物を売ることができるようにするというのだ。ゲイツ氏によると、「これは持続可能な変化に向けた大きな一歩であり、何百万もの貧しい農村家庭が恩恵を受けることにつながる」と述べている。

今世界では、1日に約2万5,000人が飢餓か、飢餓に起因する病気で死んでいる。アフリカやインドネシアで、食糧高騰による暴動が起きている。また昨年ウィスコンシン州ミルウォーキー市ではフードバウチャー(食糧配給券)を求めて3,000人が福祉事務所に殺到した。豊かなアメリカでも、貧しい人には食糧がゆきわたってはいない。食糧不足ではなく、お金や、お金を稼ぐための雇用がないことが問題の根源にある。

1998年にノーベル経済学賞を受賞し、『貧困と飢饉』を書いたアマルティア・セン教授は、インド、アイルランド、エチオピアなど、さまざまな飢饉を調べ、その結果、どんな飢饉のときでも支配者は決して飢えていないと結論づけた。飢饉が起きるのは、支配者が被支配者と遊離したときであり、それを防ぐには政府の介入と、民主主義を機能させることであり、貧しい人々を市場経済に依存させることは何の解決にもならないとセン教授は書いている。

70億ドルを投じて、ローカルの小規模農家を支援し、「市場」を作ってそこで売れるようにして貧しい農民が儲かるようにするというゲイツ氏のプランは、貧しい農民たちの命につながる農作物がローカルレベルで投機の対象になることでもある。彼が優れたビジネスマンであることを考えると、それは必ず誰かが儲かるような仕組みになっているのだろうが、それがほんとうに農民なのか、私は懐疑的にならざるを得ない。