No.897 米大統領のノーベル平和賞

アメリカのオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞した。友人からは、「将来、いい小説を書きたいと思っている人にノーベル文学賞をあげるのと同じ」というメールが送られてきたほど、アメリカ国内でも疑問や反論が投げかけられている。

米大統領のノーベル平和賞

私の尊敬する歴史家のハワード・ジンも、イラクとアフガニスタンを占領し、さらにパキスタンとの戦いを始めようとしている国家指導者へ贈られたこの賞への落胆をあらわにした。しかし過去のノーベル平和賞受賞者をみても、たとえば、ウッドロー・ウィルソンは国際連盟を提唱したが、自身はメキシコの港を攻撃し、またハイチ、ドミニカ共和国を侵攻、占領した。セオドア・ルーズベルトもスペインからの独立を助けるとしてキューバを占領したし、ヘンリー・キッシンジャーはベトナム戦争を終結したというが、ニクソン政権下で戦争を画策したのがキッシンジャーだった。いまだにパレスチナ人の虐殺が続く中東で、その「平和」に努めたとしてイスラエルのペレス大統領とラビン首相も受賞している。結局のところノーベル平和賞というのは、ジョージ・オーウェルの「戦争は平和だ」という新語法かもしれない。

オバマ大統領の演説の上手さには定評がある。ノーベル平和賞も、現職大統領として初めて核使用の道義的責任を認め、核廃絶の意志を示したことに対して贈られたのだろうが、アルカイダをアメリカ国民の第1の脅威だとし、米本土への攻撃を阻止するために全力を尽くすとも言っており、その全力が暴力でないとは限らない。アメリカが現時点では世界で最大量の核兵器を保有し、一方的に「脅威」とみなせば、核の先制使用を戦略としている国であることに変わりはないのだ。

そのような国家指導者に平和賞を贈ることは、彼の政策を正当化し賛美することにつながることにはならないか。テロとの永遠の戦いと占領、日本を含む世界各地に軍事基地をおくこと、世界でも突出する軍事費、気に入らない国への経済封鎖、国際法の違反、等々、チェンジどころかオバマ政権はブッシュと何も変わっていないのだ。

外交政策だけでなく、国内における状況も顕著である。いま、アメリカ人の失業率、貧困、ホームレム、飢餓は、ブッシュ政権から引き継ぎ後も、増加すらしている。これはアジアやアフリカの国の話ではないのだ。

ここで思い出すのはゴルバチョフ元ソ連大統領である。ゴルバチョフは冷戦終結に貢献したとして、1990年にノーベル平和賞を受賞した。ソ連はアメリカとの軍拡競争に莫大な金を使い、経済は破綻、犯罪が急増するなど、社会は危機的状況に陥っていた。そこでペレストロイカと呼ばれる改革を進め、民主化を目指し、1990年には大統領制を取り入れて初代大統領に就任したのがゴルバチョフだった。しかし1991年にクーデタが勃発、冷戦だけでなく、ソビエト連邦そのものが終焉を迎えたのである。

ノルウェーのノーベル委員会がどのような意図でオバマに賞を与えたのか理解しがたい。しかしそれがイラクやアフガニスタンで行っていることの正当化ではなく、大きな流血なくソ連が崩壊したように、その何倍もの財政赤字を抱えるアメリカ合衆国の静かな崩壊につながれば、世界はもっと平和な場所になるかもしれない。