No.903 絶対にリストラはしないと約束した社長の不況乗り切り策

本年1月6日、週刊ダイヤモンドのビジネス情報サイト『Diamond Online』に掲載された記事を許可を得てここに転載します。

景気は二番底に向かう危機にある。底割れの危険すらある。今日の危機を3年前から予感し、社員に警告してきた経営者がいる。ソフトウェア企業、アシストの社長、ビル・トッテン氏だ。たとえ大不況に陥っても、「社員のリストラはしない」と約束し、働き方の変更を着々と進める。著書『「年収6割でも週休4日」という生き方』で明らかにした大不況の乗り切り策とは何か。

(聞き手/「週刊ダイヤモンド」副編集長 大坪亮)

──(週刊ダイヤモンド)日本経済の規模が6割にまで縮小する大不況の可能性を唱え、「人員リストラを回避するために今から準備しろ」と提言しています。

(トッテン)僕は以前から、人員リストラをする経営者を強く非難しています。それは悪いことです。しかし、彼らも、好んでリストラをしているわけではない。業績が急激に悪くなって、仕方なく一部の人を解雇しているのです。

経営者として問題なのは、危機が訪れる前にリストラを回避するための施策を打っていないことです。なぜ準備しないのか。現状の延長線で、ものごとを考えてしまうからです。これは僕も含めて、人間は皆同じですが、そういう傾向にあることを肝に銘じて、「このままでいいのか」と考える癖をつけることが大切です。特に、多くの人の生活を預かっている経営者は、そうしないといけません。

年収6割でも週休4日という生き方の極意

──社員にはリーマンショックが起きる前から、経済悪化の警告を発していたとのことですが?

2007年から、社員全員にメールを出して警告して来ました。僕は、決して悲観主義者ではないし、経済の大縮小を望んでいるわけでもない。しかし現状を自分なりに分析すれば、今後、日本経済は6割にまで縮小する可能性はあると思います。とは言え、これは1984年のGDPと同じくらいの規模。きちんと準備すれば対応は可能です。

ウチの会社(アシスト)はソフトウェア企業なので、コストのほとんどは人件費。売り上げが下がったら、人件費を下げるしか対処策ありません。だから、「現実に減収になったら、給料を減らします」と言っています。ただし、「人員整理のリストラはしません。給料の減額は、僕を含めて、多い人ほど多く減らす累進式に行ないます」と社員に約束しました。

同時に、在宅勤務や週休3日制度を提案して、仕事のための拘束時間を短縮しようとしています。出社日数を減らせば、平均的な人で往復2時間の通勤時間が減らせます。

──余った時間で、家庭菜園や裁縫、日曜大工を始めることを奨励しています。

本来、給料を得ることは目標ではなく、幸福や健康が人の目標のはずです。給料が減っても、衣食住に必要なことを自分で賄えば、生活には困らないでしょ?それに、食物を栽培したり、着る物や使う物を自分で作ったりすることは、とても楽しいものです。

急にそういう生活に変更するのは難しいから、農地代を会社が負担して土地を借り、希望者にそこで菜園をやってもらっています。また、ミシンを買って、指導員を雇い、裁縫の勉強会を催しています。菜園は50人以上の人が、裁縫は10人くらいの人が始めています。

僕自身は京都の自宅で有機農業をやっています。有機農業のほうがいいと思うけど、社員に強制はしない。農薬や無機肥料を使いたい人は、それらは自分で買って使えばいいことにしています。

所得水準を下げて半自給生活は可能?

──在宅勤務は理想的かもしれませんが、難しくはないですか。仲間と同一職場で働きたいという価値観が社員の中にはありませんか。

確かに、利用者はまだ少ない。でも、それは、上司の評価とかが気になって、実行しにくいのかもしれません。だから、社長の私が、もっと奨励しないといけないと思っています。

また、仲間と同じ職場で一緒に働きたいという気持ちがあるとしたら、それは習慣から来るものですよ。価値観ではないと思う。昔は、大抵の人が家族とともに、自宅や自分の畑で働いていた。その後、工場労働者が増えるようになってから、同じ職場で一緒に働く習慣ができた。工場に来て、そこにある設備を使わないと仕事ができないという物理的な理由からです。

ホワイトカラーが多い時代になっても、事務作業は書類のやりとりをしないといけないから、会社に集わないといけない。しかし、インターネットの時代に入って、電子情報でやりとりができるようになった今日、会社に集まる必要性は少なくなっています。人は、環境変化に慣れるまで時間がかかるから、従来の仕事のやり方を変えることに抵抗を感じるかもしれないけど、それは価値観というほどのものではないですよ。

──所得水準を下げて、半自給生活に入ることは、可能ですか?

石炭や石油などの化石燃料を発見し、いわゆる産業革命が起きて、生活が変わりましたよね。大量生産が可能になったことで、生活が楽になったかもしれないけど、その半面、大量消費をしないといけなくなった。

製造した分だけ、消費しないといけない。作った分だけ、売らないといけないから、広告を使って、人々の欲望をかきたてるようになった。なくてもいいはずの物でも、作ったほうは、なんとかして売ろうとする。本末転倒です。

『トービン税』(外国為替取引への課税)のすすめ

個人の話で言えば、家族と幸せな生活を送るために働くはずなのに、家族と過ごす時間を無理に削ってまで、より多くのおカネを得るために仕事をするということになっている。その挙句、忙しすぎて、過労で倒れたり、うつ病になってしまったりしている。

これは異常事態なのだから、少し所得水準を落として、自分の衣食住の一部を自分で担うというのは元に戻ることで、自然なことです。

買い物や、流行を追うこと、タバコを吸うことは、中毒のようなものです。そういうことをしない生活に慣れれば、まったく困りませんし、より幸福で健康な生活が送れるようになります。

──しかし、経済学者のケインズが言うように、皆が倹約すると、経済全体が縮小して、ますます不況になる恐れがありませんか。

そういう理論で、常に総需要が足りないと言って、無理に需要を作っている。個人には、ローンを組ませ、借金で消費させ、需要を生み出している。

最たるものが、戦争です。米国は、ソ連、イラク、イラン、アフガニスタンと常に敵を作って、戦争をしている。税金をかけ、その費用を捻出し、需要を作っている。いつまでも続くはずがない。そう思いませんか。

金融では、利潤を生み出すために、無理に信用を拡大し、最終的に、今回のリーマンショックに行き着いた。

──では、社会全体としては、どうすればいいのでしょうか。

本の中に書いた「トービン税」(外国為替取引に対して課す税)は1つの方法です。同様に、実体経済を超えた、不必要な取引を規制するための税金や制度は有効だと思います。

所得税の累進課税など、とにかくおカネを稼ぐことを良しとする傾向を抑える規制が必要です。

(週刊ダイヤモンド編集部より許可を得て転載)