No.922 メキシコ湾海底の原油流出

イギリスの石油会社のBPが、メキシコ湾の海底で油田を発見したという報道があったのは昨年のことだった。高度な技術を使ってメキシコ湾の海底の油田を見つけたBPは、掘削請負会社のトランスオーシャンとともに「ディープウォーター・ホライズン」という掘削装置を使い、深海の油井を掘削していた。今年4月20日、この石油掘削装置で爆発が起こり、多くの作業員が死亡または負傷し、ディープウォーター・ホライズンは海底に沈んだ。

メキシコ湾海底の原油流出

原油の流出は今も続いている。それが環境におよぼす影響は1989年にアラスカ沖で起きたエクソンのタンカーの座礁事故以上となる可能性は高い。すでに流出した原油はメキシコ湾の漁業海域を脅かし人々の生活や仕事に影響が出始めており、アメリカ政府は緊急対策として漁ができなくなった漁業関係者などに失業手当を支給すると発表している。

爆発発生当初はBPのスポークスマンが大した事故ではないとコメントし、今でも原油流出の詳細についての報道はほとんどない。原因はBPが本来許可された深さ以上に掘削したとか、緊急用の噴出防止装置をつけなかったとか、または実際に作業をしていたのはハリバートン社であるとか断片的な情報はインターネットで検索できるが、実際の被害規模については誰もわからないのが現状だ。事故の対処と調査にあたるのは、当事者のBPとトランスオーシャンとハリバートンというのだから、今後も真実が発表される可能性は少ないと見ておいたほうがいい。

原油が流れ続ければ漁業に従事する人だけでなく、沿岸に住む人や観光業、魚や鳥、さまざまな生態系と、その影響の大きさは計り知れないが、控え目な報道はチェルノブイリ原発を思い出す。当初、ソ連政府は機密漏洩を恐れ事故を公表せず、住民の避難措置も取られなかったのだ。チェルノブイリ原発事故の最大の原因は安全文化の欠如にあったが、今回のメキシコ湾の事故もまったく同じことがいえると思う。

チェルノブイリ原発が共産主義のソ連政府によって運営されていたように、資本主義、拝金主義によって動いているBPやハリバートンが利益を求めて原油の掘削を行なったためにこの事故は起きた。石油減耗、ピークオイルによって安くて豊富な石油がなくなり、たとえ危険や環境破壊を伴おうともエネルギー業界は今まで無視していた掘削の難しい深海の原油にまで手を出し始めたのだ。この流出は石油タンカーに穴があいたのではなく、深海にある火山から原油が流れ出ているということの重大さをわれわれは認識すべきだ。

ピークオイル、石油の減耗に対処する唯一の方法は石油中毒をやめるしかない。急には難しいから、個人や政府が脱石油を宣言してできることからやっていくしかない。しかし貪欲で傲慢な人間は、利益のために、または今の生活を維持するために、どんどん希少になっている石油をさらにとろうとしてこのような事故が起きた。

この流出事故が、海洋をはじめ種の絶滅をさらに進めることは間違いない。母なる大地を痛めつけることは、ひるがえってその地に住む生き物すべてを痛めつけることなのだ。大きな損失とともに私たちはこれからそれを目にすることになるだろう。