先月、厚生労働省が2010年版の労働経済白書を発表した。それによると日本の社会問題である「所得格差」の原因の一つは、政府が労働分野の規制緩和を進めたことにあるという。
白書が示す所得格差の原因
小泉自民党政権は人件費を削減したい財界(日本経団連)の意向を受けて、労働者派遣の規制緩和を進めた。安い賃金で雇え、不要になれば解雇できる派遣労働者は資本家や株主、経営者にとっては便利であるが、働く側にはたまったものではないし、それがどのような結果をもたらすかは、先行して規制緩和を行っていた国(米英)を見れば予想はできただろう。
アメリカで規制緩和を推し進めたのはレーガン大統領だが、そのレーガン政権時代に財務省事務次官としてさまざまな規制緩和策を施行したのがポール・クレイグ・ロバーツ氏である。ロバーツ氏なくしては、レーガノミックスと呼ばれる大型減税と規制緩和によって経済を活性化させるという政策は実行しえなかったといわれるほどの人物だが、最近同氏は、その政策が誤っていたと認める興味深いコラムを書いている。
80年代初頭のアメリカは、経済活動の停滞と物価の持続的な上昇が共存するスタグフレーションの状態にあった。これを抜け出すためにレーガン政権は、電話会社AT&Tの分割をはじめ様々な規制緩和を推進した。その結果、短期的にアメリカ経済は持ち直し、90年にソ連が崩壊、資本主義が勝利して冷戦が終わったのである。
冷戦終結がもたらした大きな出来事の一つは、インドや中国といった国が労働市場をアメリカの資本家に開放したことだ。アメリカ企業はこの後アメリカ人に売る製品を海外の安価な労働者を使って生産するようになる。この大幅な人件費の削減は株主配当や経営者報酬を飛躍的に増やしたが、一般アメリカ人労働者は雇用と所得が脅かされ、同時に貿易赤字も拡大の一途をたどった。
冷戦の終結で社会主義国家だったインド、共産主義の中国も資本主義へと鞍替えし、外資系企業を受け入れ始め、さらにソ連の衛星国だった国々も西欧諸国の企業の雇用を次々と吸い込んでいった。つまり資本主義が勝利し、レーガン政権が規制緩和で経済を立て直したことによってアメリカの崩壊が始まったのである。
規制緩和推進者は、AT&Tの分割がなければ携帯電話や高速ブロードバンドは提供されなかったし、航空運賃もずっと安くなったと言うだろう。しかし規制緩和によってもたらされた益とその受益者の数、それによって失われたものと見捨てられた人々の数を比べると、規制緩和の真の意味が弱いものを守る規制を取り払うこと、と言ってもいいかもしれない。
資本主義における意思決定で、もっとも重要視されるのは利益である。労働者や消費者を犠牲にして、経営者や株主が受益者となるのだ。日本政府は当初、アメリカからの圧力で規制緩和を推進したが、今では日本独自のやり方を捨てアメリカ式をとり入れた方が日本の利益になると心から信じているような政治家もいるようだ。
しかし企業が繁栄し成功することは、良い社会を築くための手段であって目的ではない。所得格差の原因がわかったのなら、それを解消することもできるはずだ。あとは政府が実行に移すかどうかである。